「Kちゃん怪談」
- 舞台下手、サイトウ君が立っている。サイトウ君は客席の方を向いて話し始める。途中で白い服の女が入ってくる。女は帽子を目深にかぶっていて顔の表情は見えない。
サイトウ (客に)いやー、ね、結構あったかくなってきましたけどね、まだまだ寒いっすね。えー、今から話す話は、ちょっとまあ時期的にはちょっと早いっすけど、もっと夏とかだったら、、少しは涼しくなっていいのかもしれないですけどね、はい。え、怖い話好きっすか、俺はそんな好きじゃないんすけど、ね、え、聞きたいっすか。あー、こんな風にもったいぶっても、だんだん話しづらくなるだけなんで、早速話すんですけども、あのー、私去年の10月くらいだったかな、あのーマッチングアプリってものを始めまして、まあちょっとそこで出会った人の話なんですけど。あ、みなさんマッチングアプリやったことありますかね?ペアーズとか、タップルとか、ティンダーとかそういう、あのやってみたらわかるっすけど、すごい楽しいんすよ。色んな女の子がいて。女の子のカタログみてるみたいな感じで。顔写真がずらずらーと並んでいて、よかったらハートつけて、みたいな感じで。まあだいたい若い子にはいっぱいハートついてて、で若くて可愛い子にはもっといっぱいハートついてて、みたいな。で、とりあえず俺は上から順番に全部ハートつけてったんすよね、とりあえず、誰か引っ掛かればいいかなってことで。で、大体の女の子はプロフィール写真を顔写真とか、顔に自信なかったら後ろ姿とか、たまにアニメのキャラとかの人もいるんですけど、がーとつけていってたら、ピコンと、マッチングしましたって表示が出て、おいっす早速じゃんと思って、それをタップしたら、なんと、すごい可愛い子だったんですよね〜、Kちゃんっていう子だったんですけど、この子なんですけど。
- Kちゃんと呼ばれた女はお辞儀をする。このあとKちゃんは地べたに座りスマホを取り出し、熱心に何かを読むそぶり。
サイトウ (客に)んで、まあ、付き合うことになるんですね。で、まあこっからがこの話の本題なんですけど、前振り長くてすみません。えー、このKちゃんと、付き合い始めて1年の記念にある温泉地に行ったんです。泊まったのはここ、あんまりお金がなかったので、温泉街の中心地からは離れた、ちょっとさびれた温泉宿だったのですね。
サイトウ (Kに)ネットで見るより全然いいじゃーん、
- K、スマホを見ながらコックリとうなずく。
サイトウ (Kに)しかもこの宿、相場より五千円くらい安かったから。すごくない?穴場だわ〜
- K、スマホを見ながらコックリとうなずく。
サイトウ (客に)ちょっとまって、旅行っすよ、せっかくの旅行なのに、移動中も、宿についてからもずっっとスマホ見てるってなくなくなーい?でもあんまりイラついた感じだしちゃだめだなと、器のでかさをだしてやろうと思いつつ、
サイトウ (Kに)何見てんの?
- K、反応しない。
サイトウ 声に出してみるとちょっとイラついてる感じがでちゃったんですけど
- サイトウ、Kのスマホを覗き見る。
サイトウ (客に)じゃらん口コミみてんじゃーん!え、なんで来てからみるの?普通旅行の計画立てる時でしょ評価参考にするのは。あ、しかも★2のコメント見てやがる。ちょっとやめてくれる?盛り下がるから。もう来ちゃってんだから、見なくていいでしょ〜って、色々腑に落ちないっていうか普通にムカついてきたんでこれはさすがに一言言ってやろうと思ってKちゃんの方を向くと、
- K、急に立ち上がり、サイトウ君にスマホを突き出す。サイトウ君、それを読む。その間にKは一度舞台からいなくなる。
サイトウ ・・・・えー何!何で無言なん、と思いつつしぶしぶ目の前に出されたスマホの画面をみてちょっとびっくりしました。それはじゃらんのサイトの口コミのページだったんですが、一瞬画面が真っ黒に見えたんですね。でもよく見ると文字がぎっしり、スマホの画面を埋め尽くすくらいの文字量で、しかも改行も何もなく、明らかに他の投稿とは一線を画したものだったワケです。で、一番最初の文章が、「この旅館には女の幽霊がでます」だって。
- 舞台上手、幽霊の格好をした女、温泉に浸かっている。話の最中、Kちゃんが舞台に現れ、ゆっくりゆっくりと女の方に歩いていく。
レイコ (体にお湯をかけながら、客に)私はこの旅館に出る幽霊です、あ、でも幽霊って言ってもそんなすごいもんじゃないっていうか、だってもともと人ですし。今でこそ、幽霊になっちゃったから普通の人からしたら特別な存在といいますか、イレギュラーなあれに見えるかもしれないんですが、生きてた頃は普通に平凡な人生っていうか。あ、幽霊の中でもすごい人はすごいっすよ。テレビで心霊写真特集とかあるじゃないですか、あれとかですっごい怖い顔でこっち睨んでる人とかいるけど、私ああいうのできないんですよね、なんか自意識が、勝っちゃって。。やっぱりすごい方たちは気持ちが違うっていうか、「絶対ゆるさねぇ!」っていう気持ちをずっともってるところがすごいですね。私はまぁ〜、10年くらい前ですかね、この旅館で死んで、、あんまりよく覚えてないんですけどね。最初の頃もうちょっとあったんだと思います、なんというか、パッション?そりゃ幽霊になるくらいだから。だから、最初のころは、うっくつした、思いをですね、誰彼なしにぶつけて、旅館に泊まる人泊まる人、枕元にドロドロドローって「う〜ら〜め〜し〜や〜」って、えへへ、やってたんですよね、へへ、今やっても恥ずかしいなこれ。やってるうちにあれ、なんでこれやってんだろうって、何がそんなに悔しかったんだっけって、だんだん思い出せなくなってきて。そうするとあーーーなんか申し訳ないなーーーっていう、幽霊でごめんなさいっていう。なんで私がユーレイに?っていう。だからもう、最近は、化けてでたりはしてなくて、こうして、温泉宿で死んだという利点を活かして毎日温泉でリラックスさせていただいてるわけですよ。はぁ。・・・・あ、誰か来たな。
- K、レイコの前で止まる。じっとレイコを見る。Kとレイコ、見つめ合う。
レイコ 笑ってる?(客に)帽子被ってたからちゃんとは表情見えなかったんですけど、笑ってるように見えて、えーーー!こわっ!てかそもそもなんで私のこと見えるの、私いま普通の人には見えないモードだったよ?そんなモードあるのかよって、まぁそれはいいでしょこの際、こわっ、ほらみて、鳥肌立ってます、私、でも、その人に見られてぞくぞくっとしたんだけど、同時に見惚れちゃうっていうか、すごく魅力的な何かがその人にはあって、
- レイコ、Kちゃんをまた見る
- Kちゃん、手招きする。
- Kちゃん、またゆっくりゆっくりと、下手に向かって歩いて行く。
レイコ (客に)ここの、私が入ってたお風呂と、客室がある棟とは別の建物になってて、木造の渡り廊下を渡っていかなければならないんですね。その渡り廊下は陽が落ちて暗くなってからは等間隔にあかりがぽつ、ぽつ、ぽつ、とついてるんですね。で、その、そのひとがゆっくりゆっくり渡り廊下を渡っていくんですが、、その廊下のあかりが、その人が通り過ぎるたび、スっ、スっ、スっと消えていったんです、それを私はぼんやりと眺めていると、その人が振り返って
- Kちゃん、振り返り、またレイコに向かって手招きする
- レイコ、ぶるぶるっと震えたあと、Kちゃんに続いて、ゆっくりゆっくり下手に歩いて行く。二人、いちど舞台からはける。
サイトウ (客に)その異様な投稿は、全体を通して改行も句読点もなくいやにもったいぶった文章で書いてあって理解するのが難しかったんですけど、要するにこの旅館では昔、結婚記念日にこの旅館に泊まった夫婦の、夫の方が妻を浴衣の紐で首をしめて殺して、それから女の幽霊が出るようになったらしい。いやいやいや。そんなわけないでしょと、てかなんでそんなこと知ってるんだと、書いてるお前は誰なんだと、色々思ったんですけど、てかKちゃんは?俺がこの予期しない読書に夢中になってる間にいないんですけど、お風呂かな?と思っていると、
- ヒューーーーーー、ドロドロドロドロドロ、
サイトウ なんだか急に寒気がしてきて、
- ヒューーーーーー、ドロドロドロドロドロ、
サイトウ と思ったら、体が全然動かなくなっていて
- ヒューーーーーー、ドロドロドロドロドロ、
レイコ う〜〜ら〜〜め〜〜し〜〜や〜〜
サイトウ ウワーーーーーーーー
レイコ なんか気づいたら自分史上稀に見る渾身の「うらめしやー」してて、なんかあの人についてきたら自然とそういうテンションになってきて、
サイトウ 俺、霊感とかないんですけど、その時ははっきりとその女が見えて
レイコ って思ったら一緒に部屋に入ってきたと思ったそのひとはいなくなってて、男の人がいて
サイトウ その女と目があって
レイコ あっ、て、
サイトウ あって、
レイコ ・・・・・・夫に似てるなって
サイトウ 体は動かないのに頭はフル回転してて、これがさっき読んだじゃらんの口コミに書いてあった幽霊なんだと冷静に考えたりしちゃってて。書き込みによると、10年前、結婚1周年でこの旅館に泊まりにきた夫婦がいたんだと。
レイコ 夫に似てるなって思った瞬間、忘れてた記憶がよびさまされてきて
- ドロドロドロドロ・・・・
レイコ 普段はあんまり一緒にでかけなくなってたんで、それは久しぶりの遠出でした
サイトウ 1日目の夜、温泉に入った後は部屋でご飯を食べていたときのこと。
- (妻と夫の回想、二人とも酔っ払っている)
レイコ もう釜飯いいんじゃない、蓋とって。あー美味しそう〜〜鯛〜〜、いくらも乗ってるー。(スマホで写真を撮る)
サイトウ(夫の役をする)どれどれ、おっこれは美味しそうな鯛。いただき鯛!けどこれおいくら?なんちゃって〜
レイコ ちょっと〜〜タケちゃん、おもろすぎ〜〜。絶好調じゃん
サイトウ 温泉入った後だから、いつもより酔いのペースが早いわ
レイコ 今日はまだまだ飲むよ〜!見てこれ、ほら美味しそうに撮れた
サイトウ えー、映え!
レイコ でしょ。てか見て、今日撮った写真。この駅前にあった謎の顔はめパネル。
サイトウ ちょっとまって、ばり変顔してんじゃんー。ははははは
レイコ タケちゃんに撮ってもらった写真全部、ブレてるんだけど、なんでなん?
サイトウ 貸してみそ、ほらこれはブレてない
レイコ あたし目つぶってんじゃん!あははは
サイトウ はははははは
サイトウ なんだかそれは、久しぶりに二人で過ごす幸せな時間でした。ふと、ピコンという音とともに、妻の携帯に一件のLINEがきました
・・・
レイコ あはははは
サイトウ それは、僕の大学時代の友人N君で、数ヶ月前くらいから、妻と僕とN君で3人で出かけたりするようになっていました。短いLINEでしたが、また会いたいということと、ブリブリしたハートの絵文字が添えられていました。それまで流れていたふわふわとした時間は切りさかれて止まりました。
レイコ あはははは・・アアアア・・(笑い声とも泣き声ともつかないアアアに変わっていく)
レイコ アアアア・・・・あたし。私たちは最近あまり話をしなくなってた。正直私たちは性格も趣味も結構違ってたと思う。彼は漫画が好きで私は小説が好きで、彼はゲームが好きで私は好きじゃなくて、私はホラーが好きで彼は全然無理で、彼は辛党で私は甘党で、彼はジェットコースターが好きで私はメリーゴーランドが好きで、彼はお笑い番組が好きで私はドキュメンタリー番組が好きで、彼はユニクロが好きで私は無印が好きだった。最初のころは、相手の好きなものを一生懸命好きになろうとしたこともあったけど、だんだん、頑張らなくなっていった。二人で家にいても、一人でいるときよりもかえって寂しく感じるようになった。だから、久しぶりに二人でお酒を飲んで、ばかばかしいことで笑って楽しかった。ずっとこの時間が続いてほしいなと思った。思ったな、ほんと。アアアア。・・・あたし。
- レイコ、退場。サイトウ、レイコの後ろ姿を見送る。
サイトウ こうして、俺の心霊体験は終わったんですが、ふと窓をみると、いつの間にか日も暮れてもう夜になっていました。そういえば、Kちゃんはまだ帰ってきてないな。あれー、もう2時間以上たつよな、と、思いながらもしばらくぼーっとしていると、少し変なことに気づいたんですよね。部屋に俺ひとりの荷物しかなかったんです。あれっと思って押入れを開けてみると、布団が一つしか入っていませんでした。
- サイトウ、一瞬はっとしたかと思うと、足早に舞台から去る。少しすると戻ってくる。
サイトウ いま、旅館の受付に行って、今日の自分の予約を確認したんですけど、宿泊予約、俺、一人だったみたいなんですよね。・・・・・・・・・・・・・・Kちゃんとは一体、誰だったのでしょうか。
- サイトウ、退場。
- 薄暗い照明。ゆっくりとKちゃんが入ってくる。目深に被った帽子に手をかけ、帽子を取る仕草。口元は笑っているようにも見える。
- 暗転。幕