カハタレ日誌

カハタレの稽古の様子

【台本:合体】20211114

0 プロローグ

木嶋、紙を見ながら読んでいる。

こんな風に年を取るとは思っていなかった。今頃は郊外の一軒家、汚れの目立たない最新の壁で施工した一軒家に住んで子供は2人。下の子が3歳になったら幼稚園に預けて契約社員から社会復帰して。小学生になるころには正社員採用であの人と二人ダブルワークしてるのが私だと思ってた。子どもたちがねだったら柴犬かトイプードルを飼おうと思ってた。
服はユニクロジーユーとモードオフとトレジャーファクトリーとメルカリで循環させて、大量生産品も自分らしく節約上手のやりくり上手の腕の見せ所。そもそもそんなところに見え張らなくても私たち充実していて幸せで、生活に追われて悩んでる時間なんてないはずだった。結婚しようってプロポーズしてくれた時私はそこまで思い描いていたけれど、あの人は何考えて私に指輪をくれたんだろう。毎月給料は飲み代とゲーム課金と奨学金の返済でなくなるし。私にしたって美容院いってネイルしてまつエクしてカフェ行って、ネットで服買ってるうちになくなるし。貯金しなきゃ一軒家なんて夢のまた夢。子ども持つ気あるのって聞いたら、「そのうち、でも今じゃないよねまだそんな責任持てないしっ」てじゃあ家は?って聞いたら「郊外とか不便だからずっと賃貸でもいいじゃん」て、そうなんだ。あれなんか違う私そろそろ妊娠して、この会社も給料上がる見込みもないしそろそろ経営がやばそうだから辞めようって思ってたのにやめられないし凄い宙ぶらりんでって…

木嶋
あっすいませんつい夢中になっちゃった。男性よりも女性のほうが現実的な考え方をするなんてよく言いますが、結婚するってなった時には、やっぱり結構具体的に、妄想するんですよねぇ。家とか子供とか介護とか。それでも結婚生活が始まってみたらそんなの全然具体的に考えられてなかったって、気が付くんだけど。もっともより現実的に考える人が増えたから、結婚しないって選択をする人も増えてきたのかもしれませんね。男性はどうなんだろう。介護のこととか、考えます?奥さんがいたら、いつでもきれいな部屋にあったかい料理がでてきて、自分は仕事してたらいいと思ってない?ダメダメよ。もちろん、女性のほうも、男性を頼ればいいってもんじゃありません。お互いにパートナーであるってことを忘れちゃいけない。恋愛はドキドキとワクワクで特別感があるけど、結婚は生活。日常を繰り返していくことですからね。結婚相手っていうのは、一緒に生きていくパートナーですからね。え、何わたしですか?えええ、もちろん、夫と良好な関係を築いていますよ。そうですね、お互いに、ええと、協力?しあって、助け合って、本当ですよ、え?なに、疑うんですか?

岩村 あのお、となり空いてます?
木嶋 空いてますよ!
岩村 どうも。おーい。こっち、空いてた。(山下を呼ぶ)
木嶋 ではわたしはそろそろお暇します。では、みなさま、ごゆっくりどうぞ。

1-1 スタバ/あったかい話

岩村
犬、知ってる?犬、飼ってるんだけど、可愛いよ、犬、三郎って名前なんだけど、チワワなんだけど、白い、ちっちゃい、犬、飼うまでは、全然興味なかったんだけど、サブちゃん、飛びかかってくるからね、玄関開けると、はっはっはっは来るからね、もうさ、超ラブリーよ、ちょっと臭いけど、ちょっとなんかドッグフードの匂いと電車の椅子みたいな生地のソファが湿気てカビくさくなったみたいな臭いと、口の臭さと皮膚の匂いとが混ざった感じの臭さあるんだけど、その臭さも含めて超ラブリーよ、もう気分もラブリーだもん、気分も世界もラブリーだもん、犬いると、犬、いいよ、犬、飼いなよ、俺、サブちゃんの話してるだけで、ちょっと元気でるもん、にやけてきてるもの、今、あ、そう、あとね、犬ね、あったかいから、どこ触ってもあったかいから、特に腹、あ、でも足もいいよ、コリコリしてて、でもやっぱ腹ね、フニフニしてて、いやー、すごいよ、犬、あ、犬じゃない?、正直この世の中で、って言うかこの世界で、一番あったかいものって犬じゃない?って今思ったんだけど、どうかな?

山下 うーん、どうだろう、
岩村 って言うか、むしろ、世の中にあるあったかいものって実は犬だけなんじゃない、
山下 や、だって、肉まんとか、 
岩村 いや、わかるよ、肉まんとかあったかいのわかるよ、だけど本当は実のところ肉まんは冷たいんじゃないかね、って、カモフラージュのあったかさってのがあって、犬の腹のみが真のあったかさなのではなかろうか、って、
山下 うーん、ホットミルクとか、
岩村 それはもう、熱いじゃん、ホットじゃん、あったかくないじゃん、
山下 あったかいけどなあ、
岩村 いや、わかるよ、肉もんもホットミルクもホットレモンもホットコーヒーもあったかいのわかるよ、
山下 あと、コタツとか、
岩村 そう、コタツもね、あったかいよね、電気毛布も電気ストーブもガスストーブも、
山下 あと、お湯ね、
岩村 そうだね、お湯ね、あー、お湯、お湯かー、お湯、は、あったかいわ、むしろ犬よりお湯の方があったかいかもしれない。
山下 ごめん何の話?
岩村 温泉行きたいね、
山下 行きたー。

    スタバのコーヒー飲む

岩村 犬、呪われてんだ。
山下 は?
岩村 犬、サブちゃん、呪われてんだ。
山下 え?は?呪われてるって何?
岩村 最近鳴き声に元気がないんだ。
山下 え?は?呪われてるって誰に?
岩村 妻に。
山下 妻に?
岩村 温泉行きてー、
山下 温泉は行きたいけど、
岩村 山ちゃんが温泉なんて言うから温泉行きたくなっちゃったじゃない。
山下 温泉はイワムラーが言い出したんだよ、急に。
岩村 あ、そうか、山ちゃんはお湯って言っただけか?温泉とか行く?
山下 うーん、行きたいんだけどね、ほら、妻がね、あんまり好きじゃなくてね、
岩村 あー、妻ね、温泉好きじゃない妻っているよねー、
山下 温泉というより旅行が好きじゃないんだよね、
岩村 あー、いるいる、旅行が好きじゃない妻っているよねー、
山下 だからむしろ、どこでもドアが欲しい、犬よりもむしろどこでもドアが欲しい。
岩村 どこでもドア?
山下 どこでもドアでドアトゥドアで温泉行きたい。
岩村 めっちゃお湯好きじゃん。
山下 旅行なんて本当良いことないよ。
岩村 あー、それかも。
山下 え、何が?
岩村 犬、呪われてる理由それかも。
山下 ん、犬、呪われてる理由それ、ってどれ?
岩村 旅行旅行、
山下 あー、えっ、そもそも犬、呪われてるってどういうこと?
岩村 見ちゃったんだよね、
山下 うん、
岩村 夜、俺いつも十時に寝るんだけど、いつも妻は俺より寝るの遅くて、いつ寝てるのか俺先に寝ちゃってるからわかんないんだけれども、夜、トイレ行きたくなって目覚めて、あ、夜間尿ってあれらしいよ、一回でも寝てる時目覚めてトイレ言ったら夜間尿なんだって、ラジオで言ってた、膀胱衰えてるんだって、いや、最近膀胱ひどくてさ、尿漏れとか、ある?

山下 尿漏れはないよ
岩村 えー、何、トレーニングとかしてるの?
山下 や、尿漏れの話どうでもいいよ、
岩村 お前尿漏れの話結構大事だぞ、今後の人生に関わる話だぞ、
山下 犬、呪われてる話聞かせて。
岩村 あ、そうそう、サブちゃん、かわいそうに、サブちゃん、なんか見ちゃったんだよね、夜間尿で起きた時、妻、犬、呪ってるの、なんか微かに音聞こえてきてて、隣の部屋から、隣の部屋、あれなんだけど、なんて言うの、横にスライドさせるドア、なんて言うの?
山下 ふすま?
岩村 ふすま、なのかな?、ふすま、さ、ちょっとさ、そーっとさ、開けてさ、開けたら妻、いてさ、


1-2  スタバ/呪いの話

芽⾐⼦ ブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツ、
岩村 うわー、なんかブツブツ⾔ってるーって思って、
芽⾐⼦ ブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツ、 
 
(メデイア、チワワと向かい合いながら、⽯鹸を⽝の形に彫っている) 
⽬、深い深い⿊に、光がポツンとともる。
⿐、湿った茶⾊のブツブツに息が出⼊りする。
指、⾁球のピンク、こそばゆいピンクのふにふに。
⻭、が⽣きている、ジャンプするようにそびえたつ。
へそ、優しい⽩で覆われている、あたたかい空洞。
愛してる。愛してる。愛してる。

岩村 て、どうやらなんか、⽝のこと、話しているように感じて、⼀⼈で、
⼭下 こえー、
岩村
話しているっていうか、呟いてる、呟いてるっていうか、唱えている、っていうか、唱えていて、
どんな因果かわかんないね、あなたが家にやってきた時、愛を感じた。あなたが膝の上にのっかかってく
る時、愛を感じた。撫でる⼿に伝わる優しい感覚に、⽣き物の動きに。でも、なぜだろう。因果は⾞輪が
回るみたいに、突然頭をうったみたいに、突然ふっと運命は。あなたと⼀緒に沈んでいった渦の底で、⼀
⽣過ごすっていうこと。沈んだ先にはいろんなものが積もってて、なんだろうって思うと、それは⾔葉。
わたしの⼈⽣を台無しにしたものの⼀切に復讐する、呪いの⾔葉。
⽬、あたしのことを⾒ているようで⾒ていない。何にも⾒えなくなっちゃえばいいのに。
指、⽖垢が溜まった指先をみるとゾッとする。指⼗本全部深⽖になればいい。
⻭、1ヶ⽉掃除してない便器みたいに⻩ばんじゃって。⾍⻭と⻭槽膿路と知覚過敏の三重苦になればい
い。
へそ、覗き込むと怖い。蟻地獄かよって思う。奥に⿊々しているのは⾎の塊なんじゃないかと思う。⽿か
きで荒っぽく掻き出して、2〜3⽇腹痛になればいい。

⼭下 なんか変わってきてない?
岩村 え、どういうこと
⼭下 え、なんかだって。ちょっともうちょっと聞かせて。
芽⾐⼦
愛を感じた。その⾛り回る姿、弱い吠え⽅に。あなたの⽑をコロコロで掃除する時、愛を感じた。紙に張
り付くおびただしい線に、私の抜け⽑と混ざる様に。あなたと歩く散歩道に愛を感じた。いつものおしっ
こポイントに、季節によって変わる光景に。
桜、朝顔、紫陽花、モミジ、スミレ、パンジータンポポ、ヒマワリ、⽩詰草、
愛している。愛している。愛している。愛して

岩村 いる。愛している。愛している。って、みたいなこと、言ってて、明らかに三郎ちゃんとの思い出、言ってて、
山下 こえー、のか?
岩村 のか?って俺もなって、だけどよく見て、なんか犬の形したなんか持ってて、
山下 え、どこ?
岩村 ほら、手のとこ、左手に白いのなんか持ってて、右手にカッター持ってて、
山下 うわー、こえー、
岩村 掲げはじめて、あれが犬の形してるってわかったんだけど、その白いの掲げはじめて、愛してる。愛してる。愛してる。
芽衣子 愛してる。愛してる。愛してる。
岩村 愛してる。って言いながら掲げはじめて、
芽衣子 愛は眠らない。愛は滞ることを知らない。愛は読めない文字である。愛は触れられないスマホである。さようなら。ありがとう、さようなら。
岩村 って、犬の形の白いのの首のところにカッター持ってくから、
山下 えー、
岩村 やめてーって、飛び出して行っちゃったの。俺。え、なにやってるの?
芽衣子 なにもやっていないよ。
岩村 なにもやっていないわけないでしょ。愛してる愛してる言ってたじゃん。
芽衣子 愛してたのよ。
岩村 愛してた?なにを?
芽衣子 三郎ちゃんをよ。
岩村 カッター使って?
芽衣子 わたし、カッターを使わなきゃ愛せないの。
岩村 は?
芽衣子 カッターを使ってはじめて愛せるの。
岩村 は、なに、カッターを使ってはじめて愛せるってなに?新鮮な言葉、新鮮な言葉使うね君、
芽衣子 わかんない、わかんないんだけど、
岩村 え、なに、三郎ちゃん、殺したいの?※この辺ガッキーが追加
芽衣子 わかんないって言ってるでしょ、わかんないの、あー、
岩村 って泣いちゃって、話通じなくて、ちょっと、あの、来てくれない?
山下 え、なに?
岩村 すぐそこだから、来てくれない、
山下 え、

岩村、山下を連れて、その辺を丸く歩きながら、

山下 え、今から、
岩村 うん、
山下 行くの?
岩村 うん、
山下 そこに?
岩村 うん
山下 いやいやいやいや、
岩村 いやー、ちょっとちょっとだけだから、
山下 無理無理無理無理
岩村 いやー、もう、ほら、こういうのはさ、第三者がさ、大事なんだから、
芽衣子 あーーーー、
山下 え、泣いてんじゃん、
岩村 いや、そりゃ泣くよ、ずっと泣いてんだから、
山下 え、ずっと泣いてるの、
芽衣子 あーーーー、
山下 え、俺行っても何にもできないから、
岩村 俺言ってもどうしようもないんだから。
山下 じゃあダメだよ、
三郎 ワン、ワンワンワン、
岩村 ほらあ、サブちゃんも助けてって言ってるよ、
三郎 ワンワン、ワンワン、
山下 ええー、
岩村 ただいまあ。
山下 お邪魔しまーす。
芽衣子 あーーーー。あ?誰ですか?
山下 あ、山下です。友達の。って具合で、無理矢理、本当に無理矢理連れてかれてしまって、
あや なにそれ、なんか大変だったんだね。
山下 大変だったってもんじゃないよ。
あや てゆうか、それ、呪われてるの犬じゃないよね?
山下 え。
あや 呪われてんの、岩村さんでしょ
岩村 え?そうなの?


2―1 自宅/着いた 

芽衣子 え?誰ですか?
山下 あ、山下です。友達の。
芽衣子 あ、どうもはじめまして。お構いもしませんで。
山下 いえ。お構いなく。
岩村 山下、山下!まずはカッターだカッターを押さえてくれ!
山下 はあ?
岩村 あぶねーだろ、カッター!
山下 なんで自分だけそんな遠くにいるんだよ!
岩村 刺されたらどうすんだよ、俺が。
山下 はぁあ? 
岩村 だって、俺が呪われてんだろ?さぶちゃんじゃなくて。あぶねーじゃん、俺。
芽衣子 呪ってないわよ。愛しているのよ。
岩村 はいはいそうでした。
山下 あのう、芽衣子さん
芽衣子 はい
山下 なぜその、カッターを。
芽衣子 カッターを使わないと愛せないので
山下 え、あ、そうですか。じゃあ、あ、そうだ。なんでサブちゃんを、愛している?のですか?
芽衣子 え、わかんない。え?理由、要ります? 
山下 え、、いら、ないです……。
芽衣子 です、よね。
山下 あ、そうですね。
岩村 山下、負けるな!
山下 でも、カッターは危なくないですか?
岩村 よし、いけ。
芽衣子 でも、カッターを使わないと愛せないので。
山下 あ、じゃあ、しょうがないですね。
岩村 おーい!
山下 やっぱり俺ごときでは無理だって!
岩村 そこをなんとか!
山下 お前んちの問題だろ!
芽衣子 あ、山下さん。ごめんなさい、愛すのが足りない。わたしこれから愛さなくっちゃ。
山下 え?これから?
芽衣子 さぶちゃん、さぶちゃん。
岩村 ああ、もう、勘弁してくれよぉ。もしさぶちゃんが怪我でもしたらどうするんだよ。

芽衣子 愛している、愛している。ねえ、どんな因果かわかんないね、あなたと出会ったのも。ここまで育ててきたのも、無駄だったのかな。うっかり頭をうったみたいに、突然ふっと思い出しちゃう。あなたと一緒に沈んでいった渦の底で、一生過ごすっていうこと。沈んだ先にはいろんなものが積もってて、なんだろうって思うと、それは言葉。わたしの人生を台無しにしたものの一切に復讐する、呪いの言葉。ああさぶちゃん愛している、愛しているあなたを愛している。

山下 って、また、呪い始まっちゃって。初の呪い遭遇だよ、俺。
あや それってでも、呪いっていうか、
山下 え、なにが
あや 愛なんでしょ。
山下 え?
あや 愛だって言ってるじゃん。愛だよ。
山下 ええ、まあ、愛だっていってはいるけど、でも超怖いんだよ。カッター持ってるし。
あや 愛されてんのね、岩村さん。
山下 え?なんでそうなんの?
あや そうでしょ。
山下 いや、全然わかんないけど。
あや まあ、いいけど。 ※検討


2-2 自宅/問答

岩村 山ちゃん、どうにかしてくれよ。
山下 って言われて。
岩村 どうみても呪ってるだろ。このままだとサブちゃんが!
山下 って言われて。原因わかんないのかよ。
岩村 わからん。
山下 そういえば、さっきお湯とか旅行とかいってなかった?
岩村 え、ああ、旅行の話か。こないだ旅行いこうとしてて芽衣子が宿とったんだけど、ペット不可のとこでさ、サブちゃんいっしょに行けないじゃんってなって、行くのやめたんだよね。だってサブちゃん一人で留守番なんてさみしいじゃん。
山下 え?それじゃね?
岩村 なんでそんなことでサブちゃんが呪われなきゃなんないんだよ。
山下 だから呪われてるの、お前だって!
岩村 え、なんで俺が呪われるんだよ。
芽衣子 だから呪ってなんかいませんって、なんでわからないのよ。愛しているんじゃない。
山下 そうですよね、芽衣子さんはそうです、愛しています、サブちゃんを!
芽衣子 そうよ、何がいけないの。
山下 なにもいけなくはないです。芽衣子さんはサブちゃんに愛情を注いでいます。
芽衣子 そうよ、あなたには関係ないでしょ。
山下 そうですね、でも芽衣子さん、なんで愛さないといけないんですか。
芽衣子 何を言っているの?
山下 サブちゃんのこと、そこまでして愛さなくてもいいんじゃないですか?
芽衣子 どうしてそんなことをいうの。私はサブちゃんを愛しています。愛しているから、愛しているの。わたしがどれほどサブちゃんのこと、かわいがって手間かけて世話してきたか、あなたは知らないじゃない。
あや いいじゃない、本当のことを言ったら。あなたが愛しているのはサブちゃんじゃなくて岩村さんでしょ。
山下 なんであやがはいってくるの
あや あなただけじゃ頼りないから。
山下 いや、あやいまここにいないから。
岩村 話が全然見えないが、芽衣子、いいたいことがあるならはっきり言えよ!
山下 ちょっと黙ってて。芽衣子さん、一度、愛するのをやめてみませんか。愛さなくっていいんです。

芽衣子(チワワに) ※きりちゃん編集
サブちゃん。あの人の愛するさぶちゃん。あなたに落ち度は何一つないけど。ご飯に散歩にうんちの処理に全部やっているのは私。でも私が育ててるサブちゃんをあの人はかわいがって、喜んでる。いっつも楽しいところだけとっていく。私のことは視界にも入れずに、サブちゃんだけをみている。馬鹿な人。サブちゃんはいつまでも当たり前にかわいくてあったかくてフワフワしてると思ってる。それは私が世話を焼いてるからなのに。あの人は知らん顔でただかわいがっている。今日の朝、サブちゃんにドッグフードを上げようとしたら、軽く私の右手をかんで待ても聞かずに食べ始めた。この犬、私のことなめてるなってわかった。ねえ、サブちゃん。私のこと自分よりも下に見てるのばれてるからね。
あの人の心を私から奪ったらあんたはもうおしまい。朝のご飯もやらない散歩にも連れて行かない。毛はもじゃもじゃでよだれが張り付く痩せたあばらに目ヤニのたまった目ではあの人に愛されることもなくなるだろう。あんたがあの人の関心を集められるのはその可愛さ暖かさ柔らかさのおかげなんだから。愛玩動物って不幸だね。世話されないと不幸だね。でももう私だけつらい目に合うのはうんざり。もういいや。我慢するの止めたい。傷つけられた分より多めに痛手を与えてやる。存在を呪ってやる。(カッターを振り上げる)

岩村 もうやめてくれ!俺が悪かった!

芽衣子 うるさいうるさい!あなたは犬に癒されるだけ癒されて私に触れるのを避けてる。あんなに私に言い寄って結婚したのに今では手も握らないじゃない。そうやって私の居場所をこの家から奪っていく気なの?あなたの心が私の居場所なのに作り笑いにも気づいてくれないの?もうなにもかも嫌だ。終わりにしてやる!

山下 あ、あ、あ、危ない!さぶちゃん、やめて、ああー。
岩村 ああ、あー。

芽衣子 サブちゃん、どうして逃げないの。(見つめあう芽衣子と三郎)
三郎 ワン、ワン、ワン!
芽衣子 まさか、サブちゃん
三郎 ワン、ワン、ワン。クウーン(愛情を示す)
芽衣子 そんな、まさか、私のことを。愛してくれてたっていうの。
ごめんね、さぶちゃん。わたしが悪かったわ。ごめんなさい。私が間違っていた。全部あなたのせいにして。そんなことでは何も解決しないってこと、わかってたはずなのに。ごめんね、さぶちゃん。明日も一緒に、お散歩しようね。


3-1 山下家

山下 ていう、かんじで、一応、さぶちゃんは呪いから救出できたっていう。
あや ああ、そう。
山下 なんか突然演劇みたいになってびっくりしちゃった。
あや あー。
山下 なんかふたりに振り回されたなあ。まあ、あいつらがそれでうまくいくならまあいいか。一応仲直りできたみたいだし。

    あや、熱いお茶をすする。

山下 あ、僕もお茶欲しいな、
あや あなたはなんで呪わないの?
山下 え?

    間。

あや あなたはなんで呪わないの?
山下・あや って、
山下  言われて、
あや  言ってて、言っちゃってて、
山下  なっがーい時間が流れて、
あや  あ、なんか変なこと言っちゃったって思って、
山下  彼女がすするお茶の音が妙に響いていて、
あや  あ、これ、久しぶりの時間だなーって、久しぶりの何を喋ってもダメな時間がきちゃってて、
山下  何か言わなきゃ何か言わなきゃって思ってるんだけど、なんかすごい時間経ってて、その質問に対する答えを言うには時間が経ちすぎてしまっていて、今日、どうする?野菜炒めとか、つくる?
あや  って、あー、って、なんか、一瞬にして、あーって、あの時間は消えてしまって、あー、そうね、
山下  俺つくるよ、
あや  あー、って、すごくすごく、あーって、なってて、ね、ありがとう、
山下  っていうかなんで俺があやを呪うの?なんで俺があやを呪うんだろうってピーマンと玉ねぎと豚肉がオイスターソースによって黒くなっていく様を見ていて、
あや  次の日の帰り道のことなんだけどね、
山下  その日できたオイスターソース炒めはオイスターソース入れすぎてて、
あや  空がきれいだったんだよね、
山下  ギットギットに甘ったるくて、
あや  夕焼けがまだ夕焼けじゃなくって、
山下  ごめーんて、
あや  赤とオレンジと青が全部あって、
山下  ソース入れすぎちゃったごめーんて、
あや  あ、いいよいいよ、雲はゆっくり流れていて、あ、全然大丈夫、食べれるよ、っていうかおいしいよ、
山下  残して、いっぱい残して俺全部食うから、
あや  わたしはビニール袋を持っていて、
山下  その日俺全然寝れなくて、
あや  中に入った大根がじわじわ重くなっていて、
山下  妻ぐっすり寝ていて、
あや  きれいだけど、腕痛くて、早く帰りたいなあ、みたいな気持ちもあって、
山下  なんで呪わないのって、なんだよ、
あや  大丈夫よ、美味しかったよ、ちょっと濃かっただけだよ、その、空の色が、
山下  って言う彼女が発するすべての言葉がなんと言うか、浮いてる気がして、
あや  でも帰ったころにはもう夜になっちゃうかって、
山下  って言うか、そもそももうずっと前から言葉がプカプカしてた気がして、
あや  だから大根は重いけどわたしもゆっくり歩いて帰ったほうがいいんだなあって思ったから、
山下  プカプカ、プカプカ、
あや  急ぐのをやめた。

スマホ ワンワンワンワンワンワンワン、

あや  そしたら、犬めっちゃ吠えてた。

    暗転

スマホ  ワンワンワンワンワンワンワン、ウイーンウイーンウイーンウイーン。

岩村 それでさ、ちょっと聞いてほしいんだけど、夜間尿あったじゃん、夜間尿。最近夜に2回、行くようになっちゃってさ、前は1回だったんだよ、1回。今、2回。で、あんまりにもひどいから、病院行ったのよ恥を忍んで。でも原因わかんなくてさ。しかもさ、夜間尿のせいで寝不足続きで、みてこれ、にきび、肌荒れしてきちゃってさあ。あと口内炎、なんか寝不足でなるっぽいんだよ。あんまできないのに、急にできちゃって、舌の付け根とかにもあるから飯食うといてーし不便だよ、どうしよう夜間尿。

END