カハタレ日誌

カハタレの稽古の様子

【台本:イナガキ】20211114

舞台位置関係
下手から、岩村、三郎、芽衣子、スマホ、あや、山下。
それぞれのセリフ始まる前にゆっくり登場して定位置に着く。
岩村と山下はスタバのカップを持っていて、芽衣子はカッターと呪いの人形、あやは湯呑みをずっと持ってる。
セリフがなくなったらはける。

    舞台暗転
    真っ暗の中、中央に吊るされたスマホが光って喋る。

●終わらないブツブツ1
こんな風に年を取るとは思っていなかった。今頃は郊外の一軒家、汚れの目立たない最新の壁で施工した一軒家に住んで子供は2人。下の子が3歳になったら幼稚園に預けて契約社員から社会復帰して。小学生になるころには正社員採用であの人と二人ダブルワークしてるのが私だと思ってた。子どもたちがねだったら柴犬かトイプードルを飼おうと思ってた。
服はユニクロジーユーとモードオフとトレジャーファクトリーとメルカリで循環させて、大量生産品も自分らしく節約上手のやりくり上手の腕の見せ所。そもそもそんなところに見え張らなくても私たち充実していて幸せで、生活に追われて悩んでる時間なんてないはずだった。結婚しようってプロポーズしてくれた時私はそこまで思い描いていたけれど、あの人は何考えて私に指輪をくれたんだろう。毎月給料は飲み代とゲーム課金と奨学金の返済でなくなるし。私にしたって美容院いってネイルしてまつエクしてカフェ行って、ネットで服買ってるうちになくなるし。貯金しなきゃ一軒家なんて夢のまた夢。子ども持つ気あるのって聞いたら、「そのうち、でも今じゃないよねまだそんな責任持てないしっ」てじゃあ家は?って聞いたら「郊外とか不便だからずっと賃貸でもいいじゃん」て、そうなんだ。あれなんか違う私そろそろ妊娠して、この会社も給料上がる見込みもないしそろそろ経営がやばそうだから辞めようって思ってたのにやめられないし凄い宙ぶらりんで困ってるんだけど。相談したら「とりあえず転職活動してみれば」って言ってきたよね。でも私なんか疲れちゃて適職の為のチャート記入とかエントリーシートとか見るのきついんだよね。この会社でもう一度ってやる気出そうとしても結婚してあと一年以内には妊娠してるから辞めようって思ってたからそのあとの三年は終わらない延長戦してるみたいな感じで以上に疲れるんだよ。それでミスも増えるし怒られるし。期待されないし。新人にもなめられてるし。
退職願い出した時のあいつらのほっとした顔悔しかった。先にお前ら見切ったのは私なんだよって言ってやりたかったけど逆に笑顔で感謝のスピーチしたりして。次の会社なんて決まってないのに「いつか仕事で会えたら声を掛けてください」なんて言ったよ。
不機嫌な態度で嫌悪感たっぷりに挨拶もせず去りたかった。最後の半年、無視するわミスだけ私のせいにするわ飲み会も何一つ誘わないわでじりじり追いつめてきた奴らに挨拶なんて要らなかったよね。でも、窓際に追いつめられて声もなく落下するみたいじゃんって思ったらそれが悔しくて次の会社決まってる体で半年ぶりにあんなにハキハキしゃべった。あいつらびっくりしてたけどどうせ私がいなくなったとたんに噂して笑って気持ちよく忘れていくんだと思う。結局何の爪痕も残せなかったなぁ。
あの日体裁だけの花束もなく帰ったらあなたは飲みに出かけてて私家でも独りぼっちだった。酔ってるあなたにうっかり笑顔で「お帰り」って言ったらあなたは「お疲れ様、どうだった?」って聞いてきた「うん、普通。普通に挨拶して帰ってきた」「そっか、やめられてよかったね、次の会社早く決まるといいね」「そうだね、頑張る」「うん、まあ無理せず」「うん」って会話したらすぐ寝てしまった。酔ってたしね、私も笑ってたしあんな言葉しかなくてもしょうがないよね。ああ、私家でも笑ってやり過ごしてしまった。ほんとは会社も上司も同僚も後輩も取引先もぎったぎたに罵りたかった。私の呪いで倒産して全員路頭に迷えばいいのに。って。でも言えなかった。あなたと私の幸せな結婚生活を守りたくて言えなかった。そんな言葉を使う私をあなたが受け止めてくれる確信が持てなかった。あなたは家の為でも子どもをつくるためでもなく、私を好いてくれたから。あなたと私をつなぐ線が恋愛感情だけなら本当の私を見られては行けない。って頑張ってた。
でも本当に私を好きなら結婚して何年も同じ屋根の下に生活してきたんだから、私の作り笑顔くらい見破って欲しいの。最近ずっと調子が悪いのにあの日笑顔でいるなんておかしいって、私のこと心配してほしかった。なんか私って安物のマットレスみたい。みんなが私を踏んづけてそれを当たり前みたいに思ってる。そしてわたしは言葉もなくひしゃげて反発もなくなって役立たずになって捨てられる。私を見捨てないで。あなたが結婚に夢見たときだって私は私だったんだから「こんなはずじゃなかった」なんて言い出したら許さない。2人で一緒に幸せになるっていう言葉を裏切ったらただじゃおかない。
あなたのもらってきた犬、サブちゃん。この子に落ち度は何一つないけど。最近のあなたはサブちゃんばっかりかわいがって一層私のことなんて見てない。それに、ご飯に散歩にうんちの処理に全部私がやってる。私が育ててるサブちゃんをあの人はかわいがって喜んでる。馬鹿な人。サブちゃんはいつまでも当たり前にかわいくてあったかくてフワフワしてると思ってる。それは私が世話を焼いてるからなのに。あの人は知らん顔でただかわいがっている。今日の朝、サブちゃんにドッグフードを上げようとしたら、軽く私の右手をかんで待ても聞かずに食べ始めた。この犬、私のことなめてるなってわかった。ねえ、サブちゃん。私のこと自分よりも下に見てるのばれてるからね。
あの人の心を私から奪ったらあんたはもうおしまい。朝のご飯もやらない散歩にも連れて行かない。毛はもじゃもじゃでよだれが張り付く痩せたあばらに目ヤニのたまった目ではあの人に愛されることもなくなるだろう。あんたがあの人の関心を集められるのはその可愛さ暖かさ柔らかさのおかげなんだから。愛玩動物って不幸だね。世話されないと不幸だね。でももう私だけつらい目に合うのはうんざり。
あの人は犬に癒されて私に触れるのを避けてる。あんなに私に言い寄って結婚したのに今では手も握らないよね。そうやって会社の奴らみたいに私の居場所をこの家から奪っていく気なの?あなたの心が私の居場所なのに作り笑いにも気づいてくれないの?
一人の踏み台になる人がいる。上には踏みつける人がいる。階段のように人を踏みつけてその人は幸せになる。踏み台になった人が文句を言わなければこの世界は形を保って二人の内一人は幸せになるだろう。それは50パーセントの人類が幸せになる世界。
もし踏み台が踏み台をストライキしたら?どうなる。踏みつけるやつと喧嘩したらどうなる。それは100パーセントの人類が傷つけあう世界。誰も幸せにたどり着くことができないだろう。もういいや。我慢するの止めたい。傷つけられた分より多めに痛手を与えてやる。存在を呪ってやる。

 ●終わらないブツブツ2
なんか、前にさあ、仕事疲れてて、夜ご飯、もうお弁当でいいよねってなってさ、私がほか弁でのり弁買ってきてっていってさ、買ってきてくれたはいいけど、ソースと醤油選べるじゃない?私さあ、いつも魚のフライは醤油で食べるのに、アジとか。絶対ソース貰ってくるの。しょうがないからさあ、家の醤油かけるわけ。だからさ、ソース余っちゃって、なんか、いっぱい溜まっちゃってるんだよね、冷蔵庫の隅に。使わないで捨てるのもあれかなーって思って、とっとくんだけど、やっぱ使わないっていう。あれどのタイミングで捨てればいいんだろうって、え?どうおもう?え?え?何が?何言ってんの?だから、あの日さ、空がきれいだったんだよね、夕焼けがまだ夕焼けじゃなくって、赤とオレンジと青が全部あって、雲はゆっくり流れていて、わたしはビニール袋を持っていて、中に入った大根がじわじわ重くなっていて、ああ、きれいだけど、腕痛いし、早く帰りたいなあ、みたいな気持ちもあって、でも帰ったころにはもう夜になっちゃうかって、だから、大根は重いけど、わたしもゆっくり歩いて帰ったほうがいいんだなあって思ったから、急ぐのやめたんだよね。は?だから、さっきからいってるけど、っていうか、もう何度目かもちょっとよくわかんないけど、ずーっと入れっぱなしなわけ。え?ティッシュだよティッシュ。多分さあ、花粉の時期とかにポッケ入れて、そのあとずっとね。いれっぱで。そうするとさあ、使えばいいけど、使わなかったらずっと入れっぱなしで、最後それ入れっぱなしだったらどうなるっていうと、ね、洗うよね、誰が?私だよねえ。するとどうなるって、あーあ、大悲劇が起きるよね。違うよ、だからね、朝、早く出て、夜、遅く帰ると、変わっていることと変わっていないことがあって、変わっているのは、テーブルの上にデリバリーの空いたプラスチックのケースがあったりとか、冷蔵庫の麦茶が残り1.5センチまで減っていることとか、シンクの中にお茶碗とお椀とお箸が一セットあることとか、変わっていないのは、明かりがついていることとか、部屋の窓が開いてカーテンが揺れてることとか、ひとり布団で寝てる人がいることとか、なんかそういうことが変わっていないんだけど、なんかもう遅いからさ、お風呂入って寝ようかなと、そうやってお風呂入ると、シャンプー切れてて、なんかああ、シャンプーはなくなっちゃったんだなあって思うけど、もうびしょびしょだし、ストック取りに行くの面倒だし、ボディソープで髪洗っとくかって、洗うとそれなりにキシキシして絶対失敗明日髪爆発ってわかってるけど、もう眠いし、いいやってなって、むりやりコンディショナーして、これでいいことになるような気がするし、実際翌朝にはなんかそれなりに毛先だけビョンビョンくらいでどうにかなったから、まあいいやってなって、それで、次の日もまたシャンプー切れてるんだけど、もう面倒くさいから次の日もボディソープでシャンプーして、毛先ビョンビョン、もはやビョンビョンでいいやってむしろビョンビョンしてるのが普通なのかもって思ってくるっていうか

●終わらないブツブツ3
どんな因果かわかんないね、あなたと出会ったのも。ここまで育ててきたのも、無駄だったのかな。うっかり頭をうったみたいに、突然ふっと思い出しちゃう。あなたと一緒に沈んでいった渦の底で、一生過ごすっていうこと。沈んだ先にはいろんなものが積もってて、なんだろうって思うと、それは言葉。わたしの人生を台無しにしたものの一切に復讐する、呪いの言葉。
あなたの目が嫌。あたしのことを見ているようで見ていない。それでいて、他の誰かを見ている時、その目に光が宿るのがムカつく。何にも見えなくなっちゃえばいいのに。あなたの指が嫌。爪垢が溜まった指先をみるとゾッとする。そんな指であたしにさわんないでね。指を一本ずつ折ってやりたい。それはやりすぎか。指十本全部深爪になればいい。あなたの歯が嫌。1ヶ月掃除してない便器みたいに黄ばんじゃって。コーヒーの飲み過ぎじゃないの?虫歯と歯槽膿路と知覚過敏の三重苦になればいいのに。あなたの唇が嫌。小学校にあった遊具の古びたペンキを思い出す。カピカピに乾いてひび割れて。ビタミンが足りないのよ。そうとは知りながら肉ばっかり食わせてやる。あなたのへそが嫌。覗き込むと怖い。蟻地獄かよって思う。奥に黒々しているのは血の塊なんじゃないかと思う。耳かきで荒っぽく掻き出して、2〜3日腹痛になればいい。
あー、さぶちゃん、さぶちゃん、見つめ合ってるね。あたしとさぶちゃん、見つめ合ってるね。運命はぐるぐる回る車輪のように、あなたと出会って恋をして、さまざまに骨をおって、苦労に身をすりへらしたのに、今度は別の生活に入って行こうとしている。ねえ。おっきくなったね。あなたがうちに来た時のこと覚えてる?どっちから言い出したかもう忘れちゃったけど、犬でも飼おうかって。二人でいても、間がうまんないって感じだったから、あのときは。だからあなたがきてくれてよかった。ペットショップであなたを見た時、忘れられない、あなたの目を見たの。ね、あなたの目、「あ、この人、わたしとおんなじだ」って、「人生が孤独だってわかってる目だ」って。そんな目だったのね。なんか。だから、あなたにしたの。おかしいね、あの人も同じだと思ったから、結婚したんだけどね、もう、別のとこいっちゃったなって。あの人からしたらあたしがいっちゃったって思ってると思うけど。
子供のこと、わかったとき、一瞬の表情であたしわかっちゃった。「裏切られたな」ってね、どっちがだよ。向こうも、「あっ、俺いまやばい顔しちゃった」って気づいたんだろうね、すぐさまいつもの、申し訳なさそうな、情けない笑顔つくってさ。
その日からはもう、渦に飲みこまれちゃった感じで、気づいたら、なんか、底、みたいな、あ、これ底だよね、あたしたちいるの。でも二人ともそれを口には出さなくて、なんかもう、ちゃんとした、会話ができなくなってて、いや、当たり障りのないことはしゃべるよ。旅行の話、温泉の話、アジフライのソースの話、あの日の夕焼けの話。あなたが花粉症で目薬をさすのが下手な話、ボディソープで髪を洗った話、ドアを開けると部屋のカーテンが揺れてた話。ね、だから、会話?はしてるね。会話はしてるの。でも、ね、さぶちゃん、沈黙って二種類あるって知ってた?ひとつは言葉が一言も話されてない時、もう一つは無意味な言葉がただずっと喋り続けられてるとき。だって。もうじゃあずっと喋ってようか。ね、べらべらべらべら。あなたあなたあなた。あなたの何を恨んでいるか、あたしもう忘れてしまいたい。ただただ空虚な言葉によってあたしたち、まるごと上書きしてしまいたい。そうしてあたしたち、一緒に言葉によって飲み込まれてさ。最後は、ね。沈黙。

●終わらないブツブツ4
転けろ
階段踏み外せ
禿げろ
ひしゃげろ
スマホ割れろ
魚の骨喉に刺され
歩きスマホのやつとぶつかれ
蛍光灯切れろ
納豆混ぜてる時にプラスチックの容器箸で穴開けて、ドローっと垂れて、ああーっティッシュティッシュってなれ
食い過ぎろ
寝違えろ
電車乗り間違えろ
電車乗り間違えたかもって思ってあれってなって電車のドア上の液晶画面に出てくる行く先表示今すぐ見たい時にめちゃくちゃ今すぐ見たい時に、美しく健康でいるためのワンポイントアドバイス動画流れ続けろ
転けろ
転け終わらない転け方しろ
警察沙汰になれ
漏れろ
メガネ割れろ
虫歯と歯槽膿路と知覚過敏の三重苦になれ

 

三郎
ワンワン、ワンワン、ウィーウィーウィーウィーン

    明転

    岩村、犬の話をしている。
    良き頃合いに山下がゆっくり入ってくる。

岩村  犬、知ってる?犬、飼ってるんだけど、可愛いよ、犬、三郎って名前なんだけど、チワワなんだけど、白い、ちっちゃい、犬、飼うまでは、全然興味なかったんだけど、サブちゃん、飛びかかってくるからね、玄関開けると、はっはっはっは来るからね、もうさ、超ラブリーよ、ちょっと臭いけど、ちょっとなんかドッグフードの匂いと電車の椅子みたいな生地のソファが湿気てカビくさくなったみたいな臭いと、口の臭さと皮膚の匂いとが混ざった感じの臭さあるんだけど、その臭さも含めて超ラブリーよ、もう気分もラブリーだもん、気分も世界もラブリーだもん、犬いると、犬、いいよ、犬、飼いなよ、俺、サブちゃんの話してるだけで、ちょっと元気でるもん、にやけてきてるもの、今、あ、そう、あとね、犬ね、あったかいから、どこ触ってもあったかいから、特に腹、あ、でも足もいいよ、コリコリしてて、でもやっぱ腹ね、フニフニしてて、いやー、すごいよ、犬、あ、犬じゃない?、正直この世の中で、って言うかこの世界で、一番あったかいものって犬じゃない?って今思ったんだけど、どうかな?

山下  うーん、どうだろう、
岩村  って言うか、むしろ、世の中にあるあったかいものって実は犬だけなんじゃない、
山下  や、だって、肉まんとか、
岩村  いや、わかるよ、肉まんとかあったかいのわかるよ、だけど本当は実のところ肉まんは冷たいんじゃないかね、って、カモフラージュのあったかさってのがあって、犬の腹のみが真のあったかさなのではなかろうか、って、
山下  うーん、ホットミルクとか、
岩村  それはもう、熱いじゃん、ホットじゃん、あったかくないじゃん、
山下  あったかいけどなあ、
岩村  いや、わかるよ、肉まんもホットミルクもホットレモンもホットコーヒーもあったかいのわかるよ、
山下  あと、コタツとか、
岩村  そう、コタツもね、あったかいよね、電気毛布も電気ストーブもガスストーブも、
山下  あと、お湯ね、
岩村  そうだね、お湯ね、あー、お湯、お湯かー、お湯、は、あったかいわ、むしろ犬よりお湯の方があったかいかもしれない。
山下  ごめん何の話?
岩村  温泉行きたいね、
山下  行きたー。

    スタバのコーヒー飲む

岩村  犬、呪われてんだ。
山下  は?
岩村  犬、サブちゃん、呪われてんだ。
山下  え?は?呪われてるって何?
岩村  最近鳴き声に元気がないんだ。
山下  え?は?呪われてるって誰に?
岩村  妻に。
山下  妻に?
岩村  温泉行きてー、
山下  温泉は行きたいけど、
岩村  山ちゃんが温泉なんて言うから温泉行きたくなっちゃったじゃない。
山下  温泉はイワムラーが言い出したんだよ、急に。
岩村  あ、そうか、山ちゃんはお湯って言っただけか?温泉とか行く?
山下  うーん、行きたいんだけどね、ほら、妻がね、あんまり好きじゃなくてね、
岩村  あー、妻ね、温泉好きじゃない妻っているよねー、
山下  温泉というより旅行が好きじゃないんだよね、
岩村  あー、いるいる、旅行が好きじゃない妻っているよねー、
山下  だからむしろ、どこでもドアが欲しい、犬よりもむしろどこでもドアが欲しい。
岩村  どこでもドア?
山下  どこでもドアでドアトゥドアで温泉行きたい。
岩村  めっちゃお湯好きじゃん。
山下  旅行なんて本当良いことないよ。
岩村  あー、それかも。
山下  え、何が?
岩村  犬、呪われてる理由それかも。
山下  ん、犬、呪われてる理由それ、ってどれ?
岩村  旅行旅行、
山下  あー、えっ、そもそも犬、呪われてるってどういうこと?
岩村  見ちゃったんだよね、
山下  うん、
岩村  夜、俺いつも十時に寝るんだけど、いつも妻は俺より寝るの遅くて、いつ寝てるのか俺先に寝ちゃってるからわかんないんだけれども、夜、トイレ行きたくなって目覚めて、あ、夜間尿ってあれらしいよ、一回でも寝てる時目覚めてトイレ言ったら夜間尿なんだって、ラジオで言ってた、膀胱衰えてるんだって、いや、最近膀胱ひどくてさ、尿漏れとか、ある?
山下  尿漏れはないよ、
岩村  えー、何、トレーニングとかしてるの?
山下  や、尿漏れの話どうでもいいよ、
岩村  お前尿漏れの話結構大事だぞ、
山下  犬、呪われてる話聞かせて。
岩村  あ、そうそう、サブちゃん、かわいそうに、サブちゃん、なんか見ちゃったんだよね、夜間尿で起きた時、妻、犬、呪ってるの、なんか微かに音聞こえてきてて、隣の部屋から、隣の部屋、あれなんだけど、なんて言うの、横にスライドさせるドア、なんて言うの?
山下  ふすま?
岩村  ふすま、なのかな?、ふすま、さ、ちょっとさ、そーっとさ、開けてさ、開けたら妻、いてさ、

    芽衣子、いる。石鹸をナイフで犬の型に掘っている。

岩村  なんか、ブツブツ言っててさ、
芽衣子 ブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツ、
岩村  うわー、なんかブツブツ言ってるーって思って、
芽衣子 ブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツ、
山下  こえー、
岩村  なんかブツブツ言ってるけど全然何言ってるかわかんねーって思って、耳近づけてたらやっと聞こえてきて、


芽衣子 転けろ
ぶつけろ
ほえられろ
転けろ
歯折れろ
爪はがれろ
蚤にたかられろ
尖ったもの踏め
岩村  って、すんごいなんか、おぞましい言葉、聞こえてきて、
山下  こえー、
岩村  で、ちょっと急になんか、レベルというか、段階が変わって、
芽衣子 目、深い深い黒に、光がポツンとともる。
鼻、湿った茶色のブツブツに息が出入りする。
口、ピンク、こそばゆいピンクの口。
耳、が生きている、ジャンプするように生きている。
足、優しい白で覆われている。
尾、振られる、とてつもなく揺れる。
愛してる。愛してる。愛してる。
岩村  て、どうやらなんか、犬のこと、話しているようで、
山下  こえー、
岩村  話しているっていうか、呟いてる、呟いてるっていうか、唱えている、唱えてるっていうか、唱えていて、
芽衣子 あなたが家にやってきた時、愛を感じた。
その走り回る姿、弱い吠え方に。
あなたの毛をコロコロで掃除する時、愛を感じた。
紙に張り付くおびただしい曲線に、私の抜け毛と混ざる様に。
あなたが膝の上にのっかかってくる時、愛を感じた。
撫でる手に伝わる優しい感覚に、生き物の動きに。
あなたと歩く散歩道に愛を感じた。
いつものおしっこポイントに、季節によって変わる光景に。
桜、朝顔、紫陽花、モミジ、スミレ、パンジータンポポ、ヒマワリ、白詰草
愛している。愛している。愛している。愛して
岩村  いる。愛している。愛している。って、みたいなこと、言ってて、明らかに三郎ちゃんとの思い出、言ってて、
山下  こえー、のか?
岩村  のか?って俺もなって、だけどよく見て、なんか犬の形したなんか持ってて、
山下  え、どこ?
岩村  ほら、手のとこ、左手に白いのなんか持ってて、右手にカッター持ってて、
山下  うわー、こえー、
岩村  掲げはじめてからあれが犬の形してるってわかったんだけど、つまりその白いの掲げはじめて、愛してる。愛してる。愛してる。
芽衣子 愛してる。愛してる。愛してる。
岩村  愛してる。って言いながら掲げはじめて、
芽衣子 愛は眠らない。愛は滞ることを知らない。愛は読めない文字である。愛は触
れられないスマホである。さようなら。ありがとう、さようなら。
岩村  って、犬の形の白いのの首のところにカッター持ってくから、
山下  えー、
岩村  やめてーって、飛び出して行っちゃったの。俺。え、何やってるの?
芽衣子 何もやっていないよ。
岩村  何もやっていないわけないでしょ。愛してる愛してる言ってたじゃん。
芽衣子 愛してたのよ。
岩村  愛してた?なにを?
芽衣子 三郎ちゃんをよ。
岩村  カッター使って?
芽衣子 わたし、カッターを使わなきゃ愛せないの。
岩村  は?
芽衣子 カッターを使ってはじめて愛せるの。
岩村  は、何、カッターを使ってはじめて愛せるってなに?新鮮な言葉、新鮮な言葉使うね君、
芽衣子 わかんない、わかんないんだけど、
岩村  え、わかんないって何?三郎ちゃんのこと、嫌いなの?
芽衣子 わかんないって言ってるでしょ、わかんないの、だけども私、なんだかこうしなきゃならない気がしていて、
岩村  こうしなきゃならないって何?え、これ、何?シンプルにこれ、なんなの?こんな夜中に、何してるの?って何回も聞いたんだけど、全然なんか、よくわからんことばっか言ってて、
山下  はー、
岩村  え、三郎ちゃん、殺したいの?って聞いたら、
芽衣子 殺したいわけじゃないの、
岩村  って言うし、え、何、これ、はじめてじゃないの?って聞いたら、
芽衣子 耐えられないことがある時わたしはわたしの怨念を込めた依り代を殺すのです。
岩村  って急にですます調になるし、え、何、シンプルに怖い、え、何、シンプルにこれ何、え、何、え、何、え、何って俺すんごい、え、何って繰り返してて、え、何っていう、テンパりすぎた時に出る自分でも知らない状態の口癖が、え、何、なんだってことが自分でも冷静にわかるくらい、え、何、って言ってて、挙げ句の果てに、
芽衣子 あなたのことを、もう十回殺しています。
岩村  え、何、俺十回も殺されてんのって、えーって、何ーって、え、もうほぼほぼ、叫んじゃったし、えーって、なんならちょっと笑けてきちゃってて、え、何何何何、え、俺、え、何、十回も殺されてるの、俺、え、なんで、って聞いたら、
芽衣子 明確に理由なんてないから、明確に理由があったならばこんなことしないから、明確に理由がわかんないんないからわかんないって言ってて、だけれどあなたも三郎ちゃんもどうしようもなく憎たらしくてどうしようもなく耐えられないくらい憎たらしく思える時があるの、だから、いや、だけれど、信じて、あなたを愛している、あなたを愛しているから。あーー、
岩村  って泣いちゃって、泣いちゃいながらもブツブツ言ってて、話通じなくて、よくわかんなくって、すごい泣いてるし、すごいあれだし、ちょっと、あの、来てくれない?
山下  え、なに?
岩村  すぐそこだから、来てくれない、
山下  え、

    岩村、山下を連れて、その辺を丸く歩きながら、

山下  え、今から、
岩村  うん、
山下  行くの?
岩村  うん、
山下  そこに?
岩村  うん
山下  いやいやいやいや、
岩村  いやー、ちょっとちょっとだけだから、
山下  無理無理無理無理、
岩村  いやー、もう、ほら、こういうのはさ、第三者がさ、大事だから、
芽衣子 あーーーー、
山下  え、泣いてんじゃん、
岩村  いや、そりゃ泣くよ、ずっと泣いてんだから、
山下  え、ずっと泣いてるの、
芽衣子 あーーーー、
山下  え、俺行っても何にもできないから、
岩村  俺が行ってもどうしようもないんだから。
山下  じゃあダメだよ、何やっても、
三郎  ワン、ワンワンワン、
岩村  ほらあ、サブちゃんも助けてって言ってるよ、
三郎  ワンワン、ワンワン、
山下  ええー、かわいいー、
岩村  ただいまあ。
山下  えええー、
岩村  友達を連れてきたよ。

間。

山下  どうもこんにちわ。
芽衣子  誰ですか?
山下  あ、山下です。友達の。って具合で、無理矢理、本当に無理矢理連れてかれてしまったわけよ、
あや  へー、
山下  そしたらさ、急に喧嘩始まっちゃって、
芽衣子 どこ行ってたの?私ずっと泣いてたのに?なんでどうしたなにがあったのって聞いてくれないの?なんで一人ぼっちにするの?ご飯食べてきたの?私のご飯どうすればいいの?三郎ちゃんのエサなんであげてないの?ああー、
山下  ってすごいエネルギーで岩村に詰め寄ってて、
芽衣子 どこ行ってたの?私ずっと泣いてたのに?なんでどうしたなにがあったのって聞いてくれないの?なんで一人ぼっちにするの?ご飯食べてきたの?私のご飯どうすればいいの?三郎ちゃんのエサなんであげてないの?ああー、
岩村  待って待って、待って待って、待って待って、待ってって、山下来てるんだから。
芽衣子 誰、山下、何、山下、山下なんですか、なんで山下来たんですか?
岩村  おい、なんだその言い方は、
山下  いやあ、あの、ですね、僕が来たのはなんと言いますか、、
芽衣子 これですか、(カッターを見せる)
岩村  そうだよ、それだよ、
芽衣子 男って、本当に、、
山下  あのう、芽衣子さん、一旦カッター置きませんか、そんな物騒なもの持ってちゃ落ち着いて話もできないですよ。
芽衣子 落ち着いて話をすることなど必要でしょうか。
山下  必要です。人は落ち着くところからはじまるんですよ。冷静と書いて人と読むんですよ。人以外が冷静であるところを見たことがありますか。犬も猫もアリもカラスもオケラだってミミズだってアメンボだっていつだって冷静ではないでしょう。人だから冷静になれるのですよ。
三郎  ワンワンアンワン、
山下  深呼吸です。深呼吸をしてください。ふかーあく息を吸って、その倍の時間をかけて吐くのです。吸ってえええ、吐いてえええええー、吸ってえええ、はいてええええええー、
三郎  ワンワンワンワン、
山下  うるさいなあ、いえ、失礼しました。吸いましたか?息。
芽衣子 はい。
山下  吐きましたか?息。
芽衣子 山下さん、ありがとう。わたし、なんだか落ち着いてきたわ。駄目ね、取り乱しては、
山下  いえ、わかってくれればいいのですよ、っていうようにね、一旦、この場のとっちらかり具合を整えて、あ、なんだ、すごくやばい人かと思ったんだけど話してみると意外に普通だよと、でも物騒だよ、そんな人を呪うなんてよくないよ、今回は犬だけど、犬、そもそもなんで犬、呪うんでしょうか?
芽衣子 犬であろうが人であろうが関係ありません。わたしは今までずっとこうして生きてきました。それでわたしを保ってきたのです。何故呪いをしてはいけないのですか?
山下  してはいけないとは言っていません。しかし、まずは話し合うことが大事なのではないですか。
芽衣子 話し合いで解決するなら呪いなどしません。解決しないから、呪っているのです。そもそも犬は話し合いなどできません。
山下  一旦犬は置いておいてください。彼の話によればあなたは自分の夫をも呪っていたというではりませんか。そんな呪いなんて非人道的な行為に走らず、落ち着いて冷静に話し合ったならば解決する道もあったはずです。
芽衣子 あなたはなぜ話し合いで解決できると思うのですか。
山下  人はそうしようとすれば、たがいに歩み寄ることができるはずです。
芽衣子 そうでしょうか。あなたは、人類は滅びるべきだと思いますか。
山下  いいえ、思いません。
芽衣子 では、人類が滅びるべきだと信じている人間と分かり合うことができるのですか。あなたはその信念を曲げて、人類は滅びるべきと、話し合いで納得することができるのですか。
山下  納得はできるかわかりませんが、その考えを理解することはできるかもしれません。理解しあう努力は必要です。あなたはその努力をしたのですか。
芽衣子 どうしてそんな言い方をするのですか。努力をしなかったのは私ですか。いいえ、しなかったのは彼のほうです。ですからこのような状況になっているのです。
山下  彼はいったい何をしたのですか。
芽衣子 いいえ、彼は何もしなかったのです。彼が何かをしたならば、それについて、話し合うこともできたでしょう。なぜそうしたのか、そのなにが、私の気に触れたのか。そうであれば、私から、さらに彼に何かをして、また彼がそれに返してと、対話をすることも可能だったでしょう。しかし彼は何もしなかったのです。何もないところからは何も生まれません。
山下  彼が何もしないのならあなたからアプローチをしてもよかったのではないですか。
芽衣子 そのようなことははるか昔に済ませたことです。私からアプローチをして、どうなったか。そうです、何も返ってこないのです。
山下  いや、彼だって返したのではないですか。ホームランではなかっただけで、ファウルだったのかもしれません。誰しも失敗をしてしまうことはあります。
芽衣子 バットを振りもしない人を擁護するのですか。ファウルやヒットならいいでしょう。とっくにホームランなど期待していません。
山下  なぜそのような相手との関係を絶たないのですか。そのほうがあなたも楽でしょう。
芽衣子 私もそう思いますが、残念ながら、人と人の関係はそんなに簡単ではありません。人には引き受けなければならない業があります。私にとってはあの人なのです。
山下  そのようなことはありません。あなたのためにも、別れたほうがいいと思いますが。
芽衣子 それはできない話です。私があの人と別れたならば、あの人は喜んで生きてゆくでしょう。私はあの人が幸せになるということは受け入れがたいのです。
山下  あなたは隣にいる人間が不幸でも幸せになれるのですか。あなたの話では、あなた自身が幸せに生きていくのは難しいように感じます。あなた自身のためにも、一緒にいて幸せを感じられるような人と共にいるべきです。
芽衣子 いいえ、あの人が不幸になればなるほど私にとっては幸せです。
山下  そんなはずはありません。
芽衣子 それはあなたの理屈です。私にとっての幸せとあなたにとっての幸せは違います。あなたはどんな時に幸せを感じますか。
山下  おいしいものを食べているときですかね。
芽衣子 ほかには。
山下  休日の二度寝とか。
芽衣子 ほかには。
山下  彼女とイチャイチャしたり……
芽衣子 ほかには。
山下  えー。キャンプ行って星空眺めてるときとか。
芽衣子 ふつうですね。
山下  いいじゃないですか、普通で。
芽衣子 私は日々が充実しているときに幸せを感じます。
山下  それも普通ですよ。
芽衣子 呪いによって私の日々は充実しています。ですので、私は十分幸せです。
山下  不健全ですね。
芽衣子 なぜですか。
山下  人の不幸の上に幸せはあり得ませんよ。
芽衣子 どうしてですか。弱者から吸い取った税金で得た利権で肥えてる政治家は幸せそうですけど。
山下  彼らは特殊な人間です。彼らは見せかけの幸せを楽しんでいるだけです。いずれ地獄に落ちます。
芽衣子 そうですか。でも彼らが地獄に落ちれば幸せを感じる人もでるかもしれませんけど。
山下  それは幸せというよりざまあみろっていう爽快感でしょう。幸福感とは違うと思います。
芽衣子 どうして人の不幸で幸せを感じてはいけないのですか。昔からいうでしょう、他人の不幸は蜜の味って。
山下  ですからそれも見せかけの幸せの仲間です。自分より不幸な人間を見ることで自分がその上に立って、幸せな気になっているだけです。
芽衣子 あなたは幸せを規定する気ですか。正しい幸せとそうでない幸せを、あなたが他人の分まで決められるというのですか、わたしは呪います。どこまでも呪い続けます。彼を愛したいからです。サブちゃんを愛したいから呪うのです。そんな単純なことがどうして世の中の男どもにはわからないのでしょうか。
山下  ってな具合で、全く話にならなくて、どうやらこの人、呪うことで生きていくための充実感得ているようなことを言っていて、まあー、世の中いろいろな夫婦がいるよねー、イワムラー、ありゃあ、離婚するかもしれないなー、
あや  へー。
山下  いやー、でもあんな感じで呪われるくらいなら離婚した方が絶対幸せだよなあ。
あや  ふーん。

    あや、熱いお茶をちょっと飲んで、

あや  アチ、ふーふー、

    あや、熱いお茶をすする。

山下  あ、僕もお茶欲しいな、
あや  あなたはなんで呪わないの?
山下  え?

    間。

あや  あなたはなんで呪わないの?
山下・あや  って、
山下  言われて、
あや  言ってて、言っちゃってて、
山下  なっがーい時間が流れて、
あや  あ、なんか変なこと言っちゃったって思って、
山下  彼女がすするお茶の音が妙に響いていて、
あや  あ、これ、久しぶりの時間だなーって、久しぶりの何を喋ってもダメな時間がきちゃってて、
山下  何か言わなきゃ何か言わなきゃって思ってるんだけど、なんかすごい時間経ってて、その質問に対する答えを言うには時間が経ちすぎてしまっていて、今日、どうする?野菜炒めとか、つくる?
あや  って、あー、って、なんか、一瞬にして、あーって、あの時間は消えてしまって、あー、そうね、
山下  俺つくるよ、
あや  あー、って、すごくすごく、あーって、なってて、ね、ありがとう、
山下  っていうかなんで俺があやを呪うの?なんで俺があやを呪うんだろうってピーマンと玉ねぎと豚肉がオイスターソースによって黒くなっていく様を見ていて、
あや  次の日の帰り道のことなんだけどね、
山下  その日できたオイスターソース炒めはオイスターソース入れすぎてて、
あや  空がきれいだったんだよね、
山下  ギットギットに甘ったるくて、
あや  夕焼けがまだ夕焼けじゃなくって、
山下  ごめーんて、
あや  赤とオレンジと青が全部あって、
山下  ソース入れすぎちゃったごめーんて、
あや  あ、いいよいいよ、雲はゆっくり流れていて、あ、全然大丈夫、食べれるよ、っていうかおいしいよ、
山下  残して、いっぱい残して俺全部食うから、
あや  わたしはビニール袋を持っていて、
山下  その日俺全然寝れなくて、
あや  中に入った大根がじわじわ重くなっていて、
山下  妻ぐっすり寝ていて、
あや  きれいだけど、腕痛くて、早く帰りたいなあ、みたいな気持ちもあって、
山下  なんで呪わないのって、なんだよ、
あや  大丈夫よ、美味しかったよ、ちょっと濃かっただけだよ、その、空の色が、
山下  って言う彼女が発するすべての言葉がなんと言うか、浮いてる気がして、
あや  でも帰ったころにはもう夜になっちゃうかって、
山下  って言うか、そもそももうずっと前から言葉がプカプカしてた気がして、
あや  だから大根は重いけどわたしもゆっくり歩いて帰ったほうがいいんだなあって思ったから、
山下  プカプカ、プカプカ、
あや  急ぐのをやめた。

スマホ ワンワンワンワンワンワンワン、

あや  そしたら、犬めっちゃ吠えてた。

    暗転

スマホ  ワンワンワンワンワンワンワン、ウイーンウイーンウイーンウイーン。

終わり。