カハタレ日誌

カハタレの稽古の様子

【台本:キリサワ】20211114

シーン①岩村・山下

岩村
犬、知ってる?犬、飼ってるんだけど、可愛いよ、犬、三郎って名前なんだけど、チワワなんだけど、白い、ちっちゃい、犬、飼うまでは、全然興味なかったんだけど、サブちゃん、飛びかかってくるからね、玄関開けると、はっはっはっは来るからね、もうさ、超ラブリーよ、ちょっと臭いけど、ちょっとなんかドッグフードの匂いと電車の椅子みたいな生地のソファが湿気てカビくさくなったみたいな臭いと、口の臭さと皮膚の匂いとが混ざった感じの臭さあるんだけど、その臭さも含めて超ラブリーよ、もう気分もラブリーだもん、気分も世界もラブリーだもん、犬いると、犬、いいよ、犬、飼いなよ、俺、サブちゃんの話してるだけで、ちょっと元気でるもん、にやけてきてるもの、今、あ、そう、あとね、犬ね、あったかいから、どこ触ってもあったかいから、特に腹、あ、でも足もいいよ、コリコリしてて、でもやっぱ腹ね、フニフニしてて、いやー、すごいよ、犬、あ、犬じゃない?、正直この世の中で、って言うかこの世界で、一番あったかいものって犬じゃない?って今思ったんだけど、どうかな?

山下
うーん、どうだろう、

岩村
って言うか、むしろ、世の中にあるあったかいものって実は犬だけなんじゃない、

山下
や、だって、肉まんとか、

岩村
いや、わかるよ、肉まんとかあったかいのわかるよ、だけど本当は実のところ肉まんは冷たいんじゃないかね、って、カモフラージュのあったかさってのがあって、犬の腹のみが真のあったかさなのではなかろうか、って、

山下
うーん、ホットミルクとか、

岩村
それはもう、熱いじゃん、ホットじゃん、あったかくないじゃん、

山下
あったかいけどなあ、

岩村
いや、わかるよ、肉もんもホットミルクもホットレモンもホットコーヒーもあったかいのわかるよ、

山下
あと、コタツとか、

岩村
そう、コタツもね、あったかいよね、電気毛布も電気ストーブもガスストーブも、

山下
あと、お湯ね、

岩村
そうだね、お湯ね、あー、お湯、お湯かー、お湯、は、あったかいわ、むしろ犬よりお湯の方があったかいかもしれない。

山下
ごめん何の話?

岩村
温泉行きたいね、

山下
行きたー。

    スタバのコーヒー飲む

岩村
犬、呪われてんだ。

山下
は?

岩村
犬、サブちゃん、呪われてんだ。

山下
え?は?呪われてるって何?

岩村
最近鳴き声に元気がないんだ。

山下
え?は?呪われてるって誰に?

岩村
妻に。

山下
妻に?

岩村
温泉行きてー、

山下
温泉は行きたいけど、

岩村
山ちゃんが温泉なんて言うから温泉行きたくなっちゃったじゃない。

山下
温泉はイワムラーが言い出したんだよ、急に。

岩村
あ、そうか、山ちゃんはお湯って言っただけか?温泉とか行く?

山下
うーん、行きたいんだけどね、ほら、妻がね、あんまり好きじゃなくてね、

岩村
あー、妻ね、温泉好きじゃない妻っているよねー、

山下
温泉というより旅行が好きじゃないんだよね、

岩村
あー、いるいる、旅行が好きじゃない妻っているよねー、

山下
だからむしろ、どこでもドアが欲しい、犬よりもむしろどこでもドアが欲しい。

岩村
どこでもドア?

山下
どこでもドアでドアトゥドアで温泉行きたい。

岩村
めっちゃお湯好きじゃん。

山下
旅行なんて本当良いことないよ。

岩村
あー、それかも。

山下
え、何が?

岩村
犬、呪われてる理由それかも。

山下
ん、犬、呪われてる理由それ、ってどれ?

岩村
旅行旅行、

山下
あー、えっ、そもそも犬、呪われてるってどういうこと?

岩村
見ちゃったんだよね、

山下
うん、

岩村
夜、俺いつも十時に寝るんだけど、いつも妻は俺より寝るの遅くて、いつ寝てるのか俺先に寝ちゃってるからわかんないんだけれども、夜、トイレ行きたくなって目覚めて、あ、夜間尿ってあれらしいよ、一回でも寝てる時目覚めてトイレ言ったら夜間尿なんだって、ラジオで言ってた、膀胱衰えてるんだって、いや、最近膀胱ひどくてさ、尿漏れとか、ある?

山下
尿漏れはないよ、

岩村
えー、何、トレーニングとかしてるの?

山下
や、尿漏れの話どうでもいいよ、

岩村
お前尿漏れの話結構大事だぞ、今後の人生に関わる話だぞ、

山下
犬、呪われてる話聞かせて。

岩村
あ、そうそう、サブちゃん、かわいそうに、サブちゃん、なんか見ちゃったんだよね、夜間尿で起きた時、妻、犬、呪ってるの、なんか微かに音聞こえてきてて、隣の部屋から、隣の部屋、あれなんだけど、なんて言うの、横にスライドさせるドア、なんて言うの?

山下
ふすま?

岩村
ふすま、なのかな?、ふすま、さ、ちょっとさ、そーっとさ、開けてさ、開けたら妻、いてさ、

    芽衣子、いる。

岩村
なんか、ブツブツ言っててさ、

岩村
うわー、なんかブツブツ言ってるーって思って、


シーン②メデイア呪い

(メデイア、チワワと向かい合う)
どんな因果かわかんないね、あなたと出会ったのも。ここまで育ててきたのも、無駄だったのかな。うっかり頭をうったみたいに、突然ふっと思い出しちゃう。あなたと一緒に沈んでいった渦の底で、一生過ごすっていうこと。沈んだ先にはいろんなものが積もってて、なんだろうって思うと、それは言葉。わたしの人生を台無しにしたものの一切に復讐する、呪いの言葉。

あなたの目が嫌。あたしのことを見ているようで見ていない。それでいて、他の誰かを見ている時、その目に光が宿るのがムカつく。何にも見えなくなっちゃえばいいのに。あなたの指が嫌。爪垢が溜まった指先をみるとゾッとする。そんな指であたしにさわんないでね。指を一本ずつ折ってやりたい。それはやりすぎか。指十本全部深爪になればいい。あなたの歯が嫌。1ヶ月掃除してない便器みたいに黄ばんじゃって。コーヒーの飲み過ぎじゃないの?虫歯と歯槽膿路と知覚過敏の三重苦になればいいのに。あなたの唇が嫌。小学校にあった遊具の古びたペンキを思い出す。カピカピに乾いてひび割れて。ビタミンが足りないのよ。そうとは知りながら肉ばっかり食わせてやる。あなたのへそが嫌。覗き込むと怖い。蟻地獄かよって思う。奥に黒々しているのは血の塊なんじゃないかと思う。耳かきで荒っぽく掻き出して、2〜3日腹痛になればいい。

 岩村・山下
山下
それさー。犬が呪われてるんじゃなくない。

岩村
え、どういうこと

山下
呪われてるのさ、多分、お前だよ。

岩村
え、え、えそう?いやいやいや、

芽衣子、石鹸をナイフで犬の型に掘りながら、
目、深い深い黒に、光がポツンとともる。
鼻、湿った茶色のブツブツに息が出入りする。
口、ピンク、こそばゆいピンクの口。
耳、が生きている、ジャンプするように生きている。
足、優しい白で覆われている。
尾、振られる、とてつもなく揺れる。
愛してる。愛してる。愛してる。

岩村
て、どうやらなんか、犬のこと、話しているように感じて、一人で、
山下
こえー、
岩村
話しているっていうか、呟いてる、呟いてるっていうか、唱えている、っていうか、唱えていて、

芽衣
あなたが家にやってきた時、愛を感じた。
その走り回る姿、弱い吠え方に。
あなたの毛をコロコロで掃除する時、愛を感じた。
紙に張り付くおびただしい線に、私の抜け毛と混ざる様に。
あなたが膝の上にのっかかってくる時、愛を感じた。
撫でる手に伝わる優しい感覚に、生き物の動きに。
あなたと歩く散歩道に愛を感じた。
いつものおしっこポイントに、季節によって変わる光景に。
桜、朝顔、紫陽花、モミジ、スミレ、パンジータンポポ、ヒマワリ、白詰草
愛している。愛している。愛している。愛して

岩村
いる。愛している。愛している。って、みたいなこと、言ってて、明らかに三郎ちゃんとの思い出、言ってて、
山下
こえー、のか?
岩村
のか?って俺もなって、だけどよく見て、なんか犬の形したなんか持ってて、
山下
え、どこ?
岩村
ほら、手のとこ、左手に白いのなんか持ってて、右手にカッター持ってて、
山下
うわー、こえー、
岩村
掲げはじめて、あれが犬の形してるってわかったんだけど、その白いの掲げはじめて、愛してる。愛してる。愛してる。
芽衣
愛してる。愛してる。愛してる。
岩村
愛してる。って言いながら掲げはじめて、
芽衣
愛は眠らない。愛は滞ることを知らない。愛は読めない文字である。愛は触れられないスマホである。さようなら。ありがとう、さようなら。
岩村
って、犬の形の白いのの首のところにカッター持ってくから、
山下
えー、
岩村
やめてーって、飛び出して行っちゃったの。俺。え、なにやってるの?
芽衣
なにもやっていないよ。
岩村
なにもやっていないわけないでしょ。愛してる愛してる言ってたじゃん。
芽衣
愛してたのよ。
岩村
愛してた?なにを?
芽衣
三郎ちゃんをよ。
岩村
カッター使って?
芽衣
わたし、カッターを使わなきゃ愛せないの。
岩村
は?
芽衣
カッターを使ってはじめて愛せるの。
岩村
は、なに、カッターを使ってはじめて愛せるってなに?新鮮な言葉、新鮮な言葉使うね君、
芽衣
わかんない、わかんないんだけど、
岩村
え、なに、三郎ちゃん、殺したいの?
芽衣
わかんないって言ってるでしょ、わかんないの、あー、

友 あなたはなぜ呪いなんかしているのですか?
女 呪いをしてはいけないのですか?
友 してはいけないとは言っていません。しかし、まずは話し合うことが大事なのではないですか。
女 話し合いで解決するなら呪いなどしません。解決しないから、呪っているのです。
友 なぜ解決しなかったのですか。

岩村
って話通じなくて、ちょっと、あの、来てくれない?
山下
え、なに?
岩村
すぐそこだから、来てくれない、
山下
え、

岩村、山下を連れて、その辺を丸く歩きながら、

山下
え、今から、
岩村
うん、
山下
行くの?
岩村
うん、
山下
そこに?
岩村
うん
山下
いやいやいやいや、
岩村
いやー、ちょっとちょっとだけだから、
山下
無理無理無理無理
岩村
いやー、もう、ほら、こういうのはさ、第三者がさ、大事なんだから、
芽衣
あーーーー、
山下
え、泣いてんじゃん、
岩村
いや、そりゃ泣くよ、ずっと泣いてんだから、
山下
え、ずっと泣いてるの、
芽衣
あーーーー、
山下
え、俺行っても何にもできないから、
岩村
俺言ってもどうしようもないんだから。
山下
じゃあダメだよ、
三郎
ワン、ワンワンワン、
岩村
ほらあ、サブちゃんも助けてって言ってるよ、
三郎
ワンワン、ワンワン、
山下
ええー、
岩村
ただいまあ。
山下
お邪魔しまーす。
芽衣
あーーーー。あ?誰ですか?
山下
あ、山下です。友達の。って具合で、無理矢理、本当に無理矢理連れてかれてしまって、
あや
へー、

女 あなたはなぜ話し合いで解決できると思うのですか。
友 人はそうしようとすれば、たがいに歩み寄ることができるはずです。
女 そうでしょうか。あなたは、人類は滅びるべきだと思いますか。
友 いいえ、思いません。
女 では、人類が滅びるべきだと信じている人間と分かり合うことができるのですか。あなたはその信念を曲げて、人類は滅びるべきと、話し合いで納得することができるのですか。
友 納得はできるかわかりませんが、その考えを理解することはできるかもしれません。理解しあう努力は必要です。あなたはその努力をしたのですか。
女 どうしてそんな言い方をするのですか。努力をしなかったのは私ですか。いいえ、しなかったのは彼のほうです。ですからこのような状況になっているのです。
友 彼はいったい何をしたのですか。
女 いいえ、彼は何もしなかったのです。彼が何かをしたならば、それについて、話し合うこともできたでしょう。なぜそうしたのか、そのなにが、私の気に触れたのか。そうであれば、私から、さらに彼に何かをして、また彼がそれに返してと、対話をすることも可能だったでしょう。しかし彼は何もしなかったのです。何もないところからは何も生まれません。
友 彼が何もしないのならあなたからアプローチをしてもよかったのではないですか。
女 そのようなことははるか昔に済ませたことです。私からアプローチをして、どうなったか。そうです、何も返ってこないのです。
友 いや、彼だって返したのではないですか。ホームランではなかっただけで、ファウルだったのかもしれません。誰しも失敗をしてしまうことはあります。
女 バットを振りもしない人を擁護するのですか。ファウルやヒットならいいでしょう。とっくにホームランなど期待していません。
友 なぜそのような相手との関係を絶たないのですか。そのほうがあなたも楽でしょう。
女 私もそう思いますが、残念ながら、人と人の関係はそんなに簡単ではありません。人には引き受けなければならない業があります。私にとってはあの人なのです。
友 そのようなことはありません。あなたのためにも、別れたほうがいいと思いますが。
女 それはできない話です。私があの人と別れたならば、あの人は喜んで生きてゆくでしょう。私はあの人が幸せになるということは受け入れがたいのです。
友 あなたは隣にいる人間が不幸でも幸せになれるのですか。あなたの話では、あなた自身が幸せに生きていくのは難しいように感じます。あなた自身のためにも、一緒にいて幸せを感じられるような人と共にいるべきです。
女 いいえ、あの人が不幸になればなるほど私にとっては幸せです。
友 そんなはずはありません。
女 それはあなたの理屈です。私にとっての幸せとあなたにとっての幸せは違います。あなたはどんな時に幸せを感じますか。
友 おいしいものを食べているときですかね。
女 ほかには。
友 休日の二度寝とか。
女 ほかには。
友 彼女とイチャイチャしたり……
女 ほかには。
友 えー。キャンプ行って星空眺めてるときとか。
女 ふつうですね。
友 いいじゃないですか、普通で。
女 私は日々が充実しているときに幸せを感じます。
友 それも普通ですよ。
女 呪いによって私の日々は充実しています。ですので、私は十分幸せです。
友 不健全ですね。
女 なぜですか。
友 人の不幸の上に幸せはあり得ませんよ。
女 どうしてですか。弱者から吸い取った税金で得た利権で肥えてる政治家は幸せそうですけど。
友 彼らは特殊な人間です。彼らは見せかけの幸せを楽しんでいるだけです。いずれ地獄に落ちます。
女 そうですか。でも彼らが地獄に落ちれば幸せを感じる人もでるかもしれませんけど。
友 それは幸せというよりざまあみろっていう爽快感でしょう。幸福感とは違うと思います。
女 どうして人の不幸で幸せを感じてはいけないのですか。昔からいうでしょう、他人の不幸は蜜の味って。
友 ですからそれも見せかけの幸せの仲間です。自分より不幸な人間を見ることで自分がその上に立って、幸せな気になっているだけです。
女 あなたは幸せを規定する気ですか。正しい幸せとそうでない幸せを、あなたが他人の分まで決められるというのですか。

シーン③

山下 ていう、うけるよね。

あや え、あ何が?

山下 え、びっくりじゃない?犬呪われてると思ったら、自分が呪われてたっていう。

あや あー。

山下 え、どうしたの。

あや え、別にどうもしないよ。

山下 なんかまた怒ってる?

あや またって何?
山下 いや、

あや なんか、前にさあ、仕事疲れてて、夜ご飯、もうお弁当でいいよねってなってさ、私がほか弁でのり弁買ってきてっていってさ、買ってきてくれたはいいけど、ソースと醤油選べるじゃない?私さあ、いつも魚のフライは醤油で食べるのに、アジとか。絶対ソース貰ってくるの。しょうがないからさあ、家の醤油かけるわけ。だからさ、ソース余っちゃって、なんか、いっぱい溜まっちゃってるんだよね、冷蔵庫の隅に。使わないで捨てるのもあれかなーって思って、とっとくんだけど、やっぱ使わないっていう。あれどのタイミングで捨てればいいんだろうって、え?どうおもう?

山下 え、ちょ、ちょいちょい。なにそれ、それ今関係ある?

あや え?え?何が?

山下 え。怒ってんのと関係、ある、それ。ソース。

あや 何言ってんの?だから、あの日さ、空がきれいだったんだよね、夕焼けがまだ夕焼けじゃなくって、赤とオレンジと青が全部あって、雲はゆっくり流れていて、わたしはビニール袋を持っていて、中に入った大根がじわじわ重くなっていて、ああ、きれいだけど、腕痛いし、早く帰りたいなあ、みたいな気持ちもあって、でも帰ったころにはもう夜になっちゃうかって、だから、大根は重いけど、わたしもゆっくり歩いて帰ったほうがいいんだなあって思ったから、急ぐのやめたんだよね。

山下 ごめん、それ何の話?

あや は?だから、さっきからいってるけど、っていうか、もう何度目かもちょっとよくわかんないけど、ずーっと入れっぱなしなわけ。え?ティッシュだよティッシュ。多分さあ、花粉の時期とかにポッケ入れて、そのあとずっとね。いれっぱで。そうするとさあ、使えばいいけど、使わなかったらずっと入れっぱなしで、最後それ入れっぱなしだったらどうなるっていうと、ね、洗うよね、誰が?私だよねえ。するとどうなるって、あーあ、大悲劇が起きるよね。

山下 あ、そういうこと、わかったわかった。もう、謝ったじゃん。やり直しの洗濯、俺がやったし。

あや え?今更そんなことで怒るわけないじゃん。

山下 違うの?

あや 違うよ、だからね、朝、早く出て、夜、遅く帰ると、変わっていることと変わっていないことがあって、変わっているのは、テーブルの上にデリバリーの空いたプラスチックのケースがあったりとか、冷蔵庫の麦茶が残り1.5センチまで減っていることとか、シンクの中にお茶碗とお椀とお箸が一セットあることとか、変わっていないのは、明かりがついていることとか、部屋の窓が開いてカーテンが揺れてることとか、ひとり布団で寝てる人がいることとか、なんかそういうことが変わっていないんだけど、なんかもう遅いからさ、お風呂入って寝ようかなと、そうやってお風呂入ると、シャンプー切れてて、なんかああ、シャンプーはなくなっちゃったんだなあって思うけど、もうびしょびしょだし、ストック取りに行くの面倒だし、ボディソープで髪洗っとくかって、洗うとそれなりにキシキシして絶対失敗明日髪爆発ってわかってるけど、もう眠いし、いいやってなって、むりやりコンディショナーして、これでいいことになるような気がするし、実際翌朝にはなんかそれなりに毛先だけビョンビョンくらいでどうにかなったから、まあいいやってなって、それで、次の日もまたシャンプー切れてるんだけど、もう面倒くさいから次の日もボディソープでシャンプーして、毛先ビョンビョン、もはやビョンビョンでいいやってむしろビョンビョンしてるのが普通なのかもって思ってくるっていうか

山下 ちょっとまって!ずっと何を喋ってるの?全然話関係ないじゃん。シャンプーとか。俺、関係ないでしょ。

あや え?何で関係ないって思うの?

山下 俺のせいじゃないよ。

シーン②‘(メデイア、チワワと向かい合う)
あー、さぶちゃん、さぶちゃん、見つめ合ってるね。あたしとさぶちゃん、見つめ合ってるね。運命はぐるぐる回る車輪のように、あなたと出会って恋をして、さまざまに骨をおって、苦労に身をすりへらしたのに、今度は別の生活に入って行こうとしている。ねえ。おっきくなったね。あなたがうちに来た時のこと覚えてる?どっちから言い出したかもう忘れちゃったけど、犬でも飼おうかって。二人でいても、間がうまんないって感じだったから、あのときは。だからあなたがきてくれてよかった。ペットショップであなたを見た時、忘れられない、あなたの目を見たの。ね、あなたの目、「あ、この人、わたしとおんなじだ」って、「人生が孤独だってわかってる目だ」って。そんな目だったのね。なんか。だから、あなたにしたの。おかしいね、あの人も同じだと思ったから、結婚したんだけどね、もう、別のとこいっちゃったなって。あの人からしたらあたしがいっちゃったって思ってると思うけど。

あや 「裏切られた」って顔したでしょ。ね、あの時病院で。

山下 え、何が?

(メデイア、チワワと向かい合う)
子供のこと、わかったとき、一瞬の表情であたしわかっちゃった。「裏切られたな」ってね、どっちがだよ。向こうも、「あっ、俺いまやばい顔しちゃった」って気づいたんだろうね、すぐさまいつもの、申し訳なさそうな、情けない笑顔つくってさ。あたしに、こう言った。

山下 大丈夫だよ

あや 大丈夫ってなに?

(メデイア、チワワと向かい合う)
その日からはもう、渦に飲みこまれちゃった感じで、気づいたら、なんか、底、みたいな、あ、これ底だよね、あたしたちいるの。でも二人ともそれを口には出さなくて、なんかもう、ちゃんとした、会話ができなくなってて、いや、当たり障りのないことはしゃべるよ。旅行の話、温泉の話、アジフライのソースの話、あの日の夕焼けの話。あなたが花粉症で目薬をさすのが下手な話、ボディソープで髪を洗った話、ドアを開けると部屋のカーテンが揺れてた話。ね、だから、会話?はしてるね。会話はしてるの。でも、ね、さぶちゃん、沈黙って二種類あるって知ってた?ひとつは言葉が一言も話されてない時、もう一つは無意味な言葉がただずっと喋り続けられてるとき。だって。もうじゃあずっと喋ってようか。ね、べらべらべらべら。あなたあなたあなた。あなたの何を恨んでいるか、あたしもう忘れてしまいたい。ただただ空虚な言葉によってあたしたち、まるごと上書きしてしまいたい。そうしてあたしたち、一緒に言葉によって飲み込まれてさ。最後は、ね。沈黙。