カハタレ日誌

カハタレの稽古の様子

ひょうひょう(戯曲)

「ひょうひょう」
 
  暗転、
  照明がつくと、男が真ん中に立っている。
 
男1  
例えば。小学校、って言葉を聞いた時、頭に浮かぶのは子供の頃、通っていた小学校だろうか、それとも今住んでいる地域にある近所の小学校だろうか、もしくはアニメの、例えばちびまる子ちゃんに出てくるような小学校だろうか、その小学校の校舎は何階建か、どんな時計が校舎についていたか、どんな銅像が建っていたか、遊具は何があったか、色は、生き物小屋には何がいたか、図書室、音楽室はどこか、体育倉庫に何があったか、教室の黒板の横には何があったか、どんな窓をしていたか、何色のカーテンだったか、床の材質は何か、細かく、細かく細かく思えば思うほど、ぼやけていく、にも関わらず小学校は小学校としてドンと頭の中に浮かんでいて、
 
 
  男1、校歌を歌う。
  その歌の最中に他の四人、ベタッと壁に張り付く。
 
 
男1  
気づくと、その小学校の前の道をうねりながらまっすぐまっすぐ行った、大きな道路と交差した角にあるガソリンスタンドにいて、上から、黒い腸みたいなのが降りてくるガソリンスタンドで、腸がすっぽりおさまっている赤ベースの屋根には燕の巣があり、雛が三匹嘴を顔いっぱいに広げて餌をせがんでいる。
 
  この辺りから、豹が奇妙な身体で徐々に上手前に出てくる。
 
男2  
かわいいー、インスタあげよ。
 
男3  
ありゃあ、美味しそうな燕の巣だね。
 
男1  
洗車機の中から唸り声が聞こえてきて、
 
豹   
ぐうううー、
 
男1  
どうやらこの獣は燕の雛を狙っているらしい。
 
女1  
なんか獣臭くない?
 
男1  
あ、本当、そういうこと言っちゃダメで、
 
男2  
インスタライブはっじめまーす、
 
男1  
いや、本当、刺激しないほうがよくて、
 
男3  
洗車ボタン、一旦押してみる?
 
男1  
馬鹿、馬鹿な真似はよせ、って、僕、思ってるだけで全く口にしていなくて、洗車機から出てきたのは綺麗な、洗車されたのかって思うほど色艶の良い豹で、
 
豹   
ぐうううー、
 
三人  
洗車、お疲れ様でしたー、
 
男1  
洗車、されたの?、豹?
 
三人  
乾拭きの雑巾はこちらになりまーす。
 
豹   
ぐうううー、
 
男1  
豹、みんな車と思ってる?、んなわけないよね?
 
豹   
ぐうううー、
 
三人  
タイヤの空気圧点検しておきましょうかー、
 
豹   
グアウ、
 
男1  
豹、が、まず襲い始めたのはこの人、インスタ男で、
 
男2  
ぎゃああああ、
 
  男2、ひっついた身体と壁を引きちぎるように下手前に出てくる。
 
男2  
車、車じゃなくって豹だった、車、車じゃなくって豹だった、なんで、なんで車と豹を間違えたんだろう、どこに、どこに車と豹を間違える要素があるんだろう、目玉、毛色、牙、車輪、どこをとっても、どこをとっても車と豹を間違える要素なんてないのに、ないのに、
 
豹   
がうううう、
 
男2  
ぎゃあああああ、ていうか、なんで、なんで豹が旧式のガソスタに配備されてんだ、っていうかなんで、なんでガソリンスタンドで私、インスタライブしてんだ、インスタントライブインガソリンスタンド、ジョンソンアンドジョンソン、パン粉インザスカイ、コンスタンチノープルペンタゴンステップ、アンド、ポップソングフォーエバー、ハロー、世界、、、、っていうか世界中隅々まで、私、今食われてて、タンタンタンタン食われてて、、ぎゃああああ、
 
 
いつの間にやら、空間全体が、タンタンタンタンタンタンタタン、って音に覆われている。ここからしばらくずっと鳴る。
俳優の口から発せられても良い。
しかしなるべく自分の口から出てると強調しないように。
 
 
男1  
もちろん僕らはその断末魔の叫び声をヨーイドンで逃げ始めていて、なのにインスタ男が食われる様を何故だか同時に眺めていて、この豹、この豹のこれ、これは、ヘンテコなダンスを踊ってるわけでなく、豹が獲物を食べる時に自ずとこういう動きになってしまうものだってことなんだけども、それはケーブルテレビのアニマルプラネットで本当に得た知識で、つまり本当に、本当にインスタ男は文字通りの意味で食われていて、
 
 
  タンタンタンタンタンタタン、タンタンタンタンタンタタン、
 
 
男2
ぎゃああああ。
 
  男2、倒れる。
 
男1  
僕は走る、県道7号の少し広い歩道を走る。人をかき分け、信号を無視して走る走る、まずいラーメン屋、一度も入ったことのない炭火焼き肉、どこにでもあるガスト、ジョーシン、桃太郎寿司を横に、走る、走る走る走る走る、
 
男3  
うわあああああああああああああああ、
 
  男3、ひっついた身体と壁を引きちぎりながら下手前に出てくる。
 
男1  
次に食われたのは手品師だった。彼はいつかどこかでなんらかの機会に光る指の手品を見せてくれたことがあった気がする。
 
  男3、手品を見せる。
 
男3  
はーい、イッツアショウータイ、うわあああああああああああ
 
  タンタンタンタンタンタタン、タンタンタンタンタンタタン、
 
男3  
私、私、私、私私私私私、食われてる、うわあああああああああああああああ、どこかしらで、ですなあ、自分は生き延びるって思っていたのでございやす。地震が来ても、戦争が起こっても、洪水になっても、何故だか自分は、自分だけは生き延びるような気がしていたのでありんます。だけど、うわあああああああああああ、下半身、下半身、うわあああああああ、腕が、うわああああああああ、顔が、うわああああああああああ、目が、鼻が、胸が、お腹が、うわああああああああああああああ、
 
男1  
私は走りながら彼が食われる様を見ていて、タンタンタンタンタンタタン、って、手品師の服まで豹は食べていったのに、その光る指だけは食わずにいて、いつまでもいつまでも、歩道に転がった指先だけが光っていて、
 
男3  
うわあああああああああああ、
 
  男3、倒れる。
 
男1  
ああ、僕は気づいるんだよね、絶対、豹、絶対、豹、僕を追ってきてるって気づいていて、慌てて僕は何故か椰子の木推しのショッピングモール、パームシティに逃げ込むんだけど、もう大丈夫か、って二階のゲームセンターのカラフルな窓からそーっと、外を覗くと駐車場の椰子の木の横でちゃんと食われている女性がいて、
 
 
  女1、深刻そうな奇声を発せず、壁から剥がれて下手前にくる。
 
 
男1  
確かに、どこかでどうかして、どうにこうにかの関わりがある女性で、
 
女1 
タンタンタンタンタンタタン、タンタンタンタンタンタタン、タンタンタンタンタンタタン、ねえ知ってる?、食われちぎられる喜びってあってよ、食われ噛みちぎられてぬっちゃぬちゃにべっちゃべちょに胃に入れられていく快感ってあってよ、ねえ、あなた、いつになったら私を消化してくれるの?いつもそうね、いつも、いつもいつもそうなのね、そろそろ堪忍しなさいな、タンタンタンタンしなさいな、タンタンタンタンタンタタンして、タンタンタンタンしなさいな、そしたらお天道様だって、タンタンタンタンタンタタン、タンタンタンタンタンタタン、タンタタンタタ、タンタタンタタ、タンタンタンタンタンタタン、
 
 
男1  
その時、その時、女はもう跡形もなく、指も服も全部ないのに、音だけが残っていて、そんな音までも食ってしまうかの如くの豹と、ふと、目が、あっちゃって、
 
 
全員  
タンタンタンタンタンタタン、タンタンタンタンタンタタン、タンタンタンタンタンタタン、タンタンタンタンタンタタン、
 
 
男1
俺は、俺は、俺は、狙われている。
 
 
  静寂。
  いつの間にやら豹が消えている。
 
男1  
気づくと、僕は、カラオケの一室にいた。パームシティの一階の、昔トイザラスだったところで、今、カラオケになっていて、
 
 
  男1のまわりに、豹以外の三人がまとわりつく。
 
 
男2  何歌う?
男1  え?
男3  すみませんー、水もらっていいですか?
女1  ちょっと先歌ってよ、
男2  え、何歌う?
男1  え、いや、それどころじゃなくて、
男2  え、うん、何?
男3  すみません、あと、オニオンリングもらっていいですか?
男1  待って待って、オニオンリングどころじゃなくて、
男3  ダメなの?
男1  ダメじゃないけど、今、歌とかオニオンリングとかの場合じゃなくて、
男2  え、歌、ダメ系?
男3  ごめん、オニオンリング、ダメ系?
女1  ちょっといきなり盛り下げ要因ぶちかましてくんのやめてくんない?
男1  いや、待って、だって、豹、豹に、追われてて、豹に、人、食われてて、
男3  すみません、あと山盛りポテトとクアトロフォルマッジとラム肉ステーキと、寿司上三人前もらっていいですか?
男2  カラオケってなんでもあんだなあ。
女1  一回歌ってみたら、一回歌ってみると恥ずかしくなくなるから、
男1  あ、そういうことじゃなくて、歌うの嫌とかそういうことじゃなくて、豹、豹、豹、来ちゃうから、なんとか、しないと、ここに来ちゃったら逃げ場ないから。
男2  豹?まだそんなこと言ってんの?
男1  そんなことって何、あの、あの、あの子、名前出てこないけど、あの子、あの子も食べられちゃったよ、ねえ、なんとか、できないかな、なんかなんとか、みんな協力して、やっつけたり、できないかな、
女1  もーう、わかってるんでしょ、
男1  え?
男2  ジョークジョーク、
男1  ジョーク?
女1  ジョークジョーク、
男1  ジョーク、って、え、だって実際食われてるし、
 
 
  みんな、笑ってる。
 
 
男2  
過去がふざけてんすわ。
 
男1
過去?
 
女1
過去が
 
男3
ふざけてんすわ。
 
 
  急に音楽がかかる。
 
  ダタッタタダタッタタッタ、ダタッタタダタッタタッタ、
 
  タラララッタタ、タララララッタタ、
 
三人  
フワッ、フワッ、
 
  タララララッタタ、
  ダタッタタダタッタタッタ、ダタッタタダタッタタッタ、
  
  タラララッタタ、タララララッタタ、
 
三人  
フワッ、フワッ、
 
  タララララッタタ、ダタッタタダタッタタッタ、
 
  三人、溶ける
  男2のみ、その後も良いタイミングでフワッ、フワッ、だけは言い続ける。
 
男1  
え、何?、え、歌わないの?、おーい、え、歌ってよ、
 
  ダタッタタダタッタタッタ、  
 
  豹、入ってくる。
 
豹   
ぐうううー、
 
男1 
え、ほら来ちゃったじゃん。
 
豹   
ぐうううー、
 
男1 
豹、豹来ちゃったじゃん。
 
四人  
ぐうううー、
 
男1  
え、何何何?、マジで、マジで、やめて、
 
  四頭の豹が動きはじめる。
 
四人  
ぐうううー、
 
四人  
ダイナマーイト、恋はダイナマーイト、
 
  四人、一斉に笑う。
 
  ここからそれぞれ、別々の動き。
 
女1、リズムに合わせて「うーーーーーーー」って歌ってる。
男2、駐車場バイトの単調な動き。
男3、泣きじゃくる。
豹、意味不明な言葉をしゃべる。
 
  そんなにーやーさしくされーちゃ、
 
四人  
ぐうううー、
 
  と、四人、溶け始める。
 
  みーだーらー、
 
  が、溶けきらずにさっきの動作(違う行為になってもいい)に戻る。
 
  あかるいー、
 
男2  
コンスタンチンノーブル、ペンタゴンステップ、
 
  未来にー、
 
男2  
ジョンソンエンドジョンソン、フリースタイルポップ、
 
女1  
就職希望だーわーー、うぉううぉううぉう
 
 
  四人、豹の動きになる。
  それぞれが、怒涛に、喋ったり、笑ったり、泣いたりしながら。
  全部が聞こえなくて良い。
  即興で喋ってもらえたら、怒涛にが大事。
  何もせず立ってる人もいていい。
  喋ることなくなったら、笑うか怒るか泣くか歌う。
 
 
 
女1
だから相続税のことなんて私に聞かれたってわかんないから、本当、ちゃんと、お兄さんたちに聞いてよ、全部私に何から何まで、ああもう嫌になるなあ、固定資産税についてなら任せとけって言ってたよね、あああ、手が痒い、蚊に刺された、だからこの家いやなのよ、ほんと、いや、ほんとむかつく、ああーーー。
 
男2 
はいどうもー、いやー、がんばっていかなあきまへんなあって言うてはりますが、今日のお客さんは別嬪さんが、ヴうううーーー、はい、右から、ベッピンさん、ベッピンさん、一人飛ばして、ヴうううーーー、あっはっはっはっははは、
 
男3
あああああああああああああああああああああああああああああああああああ。
 
豹  
拙者、親方と申すは、お立会のうちに、ご存知のお方もござりましょうが、都をたって二十里上方、相州小田原一色町をお過ぎなされて、青物町をのぼりへおいでなさるれば、欄干橋、虎谷藤右衛門、あっはっはっは、あっはっはっは、おまえのかあーちゃんでーーーべーーそーーー。
 
 
  ダタッタタダタッタタッタ、ダタッタタダタッタタッタ、
  ダタッタタダタッタタッタ、ダタッタタダタッタタッタ、
 
 
  照明、チカチカ点滅する。
 
  四人、壁の絵になる。
 
  照明が戻り、静寂。
 
  男1、壁の絵をみている。
 
  暗転。
 
 
幕。